下中 邦彦(しもなか くにひこ、1925年1月13日 - 2002年6月6日[1])は、昭和時代実業家[2]兵庫県出身。下中弥三郎の四男[3]慶應義塾大学工学部卒。1958年から、父親の弥三郎が設立した「平凡社」の社長を28年間務めた[2]。そのほか、「国民百科事典」などを発行するなどした。[2]

しもなか くにひこ
下中 邦彦
生誕1925年1月13日
兵庫県
死没2002年6月6日 (享年77歳)
死因肺炎・呼吸器不全
国籍日本の旗 日本

邦彦没後、弥三郎三男の下中直也が平凡社三代目社長に就任した[3]

関連人物編集

脚注編集

  1. ^ 下中邦彦 - まいり”. mairi.me. 2020年10月30日閲覧。[出典無効]
  2. ^ a b c 下中邦彦”. www6.plala.or.jp. 2020年10月30日閲覧。[出典無効]
  3. ^ a b 『上野久徳伝: 陸軍参謀から企業再建弁護士へ』255ページ