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下手投げ(したてなげ)とは、相撲決まり手である。差手を引き、相手が寄ってくる際に差した方の足を基点として、他の足を差手の方に大きく開きながら、差手をかえすようにして投げる[1]

その性質上、相手の前に出る力を利用して投げるため上手投げと比して熟達した技量を必要とし、また後ろに下がりながら投げを打つケースが多いことから、「下手投げ主体の力士は大成しない」との決まり文句がある。また、半身の体勢になって下手投げを打つ機会を窺う戦法は概して下半身に大きな負担をもたらし、使い手の中には若くして引退に追い込まれた力士も少なくない。また、小兵の力士が必然的に繰り出す確率が上がる技でもある。事実、舞の海智ノ花はこの技をうまく使いこなして幕内に定着し、二人とも三役まで上がった。近年では朝青龍日馬富士もそれほど大きい体格では無かったものの、この技を使いこなして横綱にまで登り詰めた。(体格が小さいのでその体格で上手を取るのは容易ではないため、また、強引に上手を狙うよりも潜り込むようにして下手を取りにいく方が、勝てる確率も必然的に上がるからでもある)しかしながら輪島大士は横綱に昇進してその決まり文句を一蹴した。(輪島は下手投げでは大成しないと言う決まり文句に対して、「下手投げでも根こそぎぶん投げるから構わない」と反論し、その左からの下手投げは黄金の左とまで呼ばれた。決して当時としても大柄とは言えない体格ながら、下手投げを最大の武器として横綱にまで登り詰めた。

目次

主な使い手編集

昭和編集

平成編集

  • 大翔山 
    • 大学時代に学生横綱とアマチュア横綱のタイトルを手に入れながら大相撲では東前頭2枚目の地位に終わり、最後まで三役未経験に甘んじたまま29歳の若さで引退したため、「半身の下手投げでは大成しない」を説明する好例と言える。
  • 巴富士:19歳の若さで十両に昇進するも24歳にして関取の座に最後の別れを告げたため、これも「下手投げは大成しない」好例と言える。
  • 舞の海1993年9月場所8日目、対前頭15枚目武双山(のち大関)戦。
  • 智ノ花
  • 栃乃洋
  • 琴光喜
  • 朝青龍
  • 日馬富士

脚注編集

  1. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年7月号 p74

関連項目編集