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下諏訪青塚古墳(しもすわあおづかこふん)は、長野県諏訪郡下諏訪町青塚にある古墳。形状は前方後円墳。長野県指定史跡に指定されている。

下諏訪青塚古墳
Shimosuwa Aozuka Kofun zenkei.JPG
墳丘全景(手前に前方部、右奥に後円部)
所在地 長野県諏訪郡下諏訪町青塚3340
位置 北緯36度4分34.97秒
東経138度5分20.68秒
座標: 北緯36度4分34.97秒 東経138度5分20.68秒
形状 前方後円墳
規模 墳丘長57m(または67m)
埋葬施設 両袖式横穴式石室
出土品 円筒埴輪・(伝)人物埴輪
築造時期 6世紀後半-末
被葬者 不明
史跡 長野県指定史跡「下諏訪青塚古墳」
地図
下諏訪青塚 古墳の位置(長野県内)
下諏訪青塚 古墳
下諏訪青塚
古墳
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諏訪地方では唯一の前方後円墳である。

概要編集

諏訪湖北方の下諏訪地域において、西に突き出す丘陵の突端部に位置する。諏訪大社下社秋宮の近くに所在し、古墳域は諏訪大社の社有地に含まれる[1]

墳形は諏訪地方では唯一の前方後円形で、前方部を北北西に向ける。前方後円墳としては末期に属する形態である[2]。現在までに墳丘(特に東側)は周囲の開発によって削られているほか、くびれ部西側には諏訪大社境外社の青塚社が建てられている。古墳の麓からは円筒埴輪が発見されているが、埴輪が出土した点においてもこの青塚古墳が諏訪地方で唯一の例になる[1]江戸時代の史料によると武人埴輪が出土し埋め戻されたというが、近年の調査では円筒埴輪以外は見つかっていない[1]。主体部の埋葬施設は横穴式石室で、後円部西側のくびれ部付近、基準面から5メートルほどの高さに露出・開口する[3]安山岩の自然石による乱石積からなり、石室全長は5.5メートルを測る[1]。羨道は破壊されているが、両袖式の石室になると推測される[2]。この石室からの出土品はほとんど知られていない[1]

この青塚古墳は、墳丘・石室の形態や出土埴輪から古墳時代後期の6世紀後半-末頃の築造と推定される[3]。その築造を巡っては、諏訪大社下社の祭祀氏族(金刺氏)との関係のほか、天竜川沿いに分布する前方後円墳との関係が指摘される[1]

古墳域は1965年昭和40年)に長野県指定史跡に指定されている。

規模編集

  • 墳丘長:57メートル[4]
  • 後円部
    • 直径:34メートル(推定復元)
    • 高さ:8.1メートル
  • 前方部
    • 幅:40メートル(推定復元)
    • 高さ:8メートル

ただし現地説明板では、主軸長67メートル、後円部直径33.4メートル、前方部幅42.8メートルとする。

文化財編集

長野県指定文化財編集

  • 史跡
    • 下諏訪青塚古墳 - 1965年(昭和40年)2月25日指定。

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f 青塚古墳(下諏訪町ホームページ)。
  2. ^ a b 青塚古墳(平凡社) & 1979年.
  3. ^ a b 史跡説明板。
  4. ^ 規模の記載は下諏訪青塚古墳(公益財団法人 八十二文化財団)による。

参考文献編集

  • 史跡説明板(長野県教育委員会設置)
  • 「青塚古墳」『日本歴史地名大系 20 長野県の地名』平凡社、1979年。ISBN 4582490204

関連項目編集

外部リンク編集