下顎前突症(かがくぜんとつしょう、:mandibular prognathism、Prognathism) とは、歯科における不正咬合の一形態。噛み合わせたときに下あごにある歯全体が上あごにある歯全体より前方に突出していることをいう。受け口しゃくれ反対咬合ともいう。見た目上の特徴としては、下唇が上唇よりも明らかに前にある。

通常、下顎前突症不正咬合分類によると第一大臼歯咬合関係は、下顎大臼歯上顎大臼歯に対して相対的に前方(近心)に位置しているIII級(クラスIII)を呈する[1]

疫学 編集

下顎前突症は欧米人に約1%程度現れる顎変形症である[1]。下顎前突症は「ハプスブルク家のあご(下唇)」(de:Habsburger Unterlippe)とも呼ばれ、血族結婚の多いことで知られるオーストリア王家であるハプスブルク家に家族性の特徴としてみられ、骨格性下顎前突症は遺伝的な要因が大きく関与していることがうかがえる[2]

また、下顎前突症は下顎骨が手足の骨と同じ構造体で長管骨であることから、体格の良い一流スポーツ選手などに多い咬合形態でもある。

分類 編集

歯性下顎前突症
上下大臼歯の咬合関係は近遠心的に正常なAngle不正咬合分類I級(クラスI)であるが、下顎切歯上顎切歯よりも前方に位置する逆オーバージェット reverse overjet(前歯部反対咬合)を呈する。
骨格性下顎前突症
上下大臼歯の咬合関係は下顎大臼歯が上顎大臼歯に対して相対的に前方(近心)に位置しており、前歯部被蓋も逆オーバージェットを呈する。骨格性下顎前突症下顎骨の過成長だけでなく、上顎骨の劣成長がある場合にも発症する[1]

原因 編集

 
おしゃぶり誘発性PFDS低位舌により下顎前突症を発症した3歳児

遺伝的要因環境的要因胎生期発育障害、歯の発育障害、不適当な萌出誘導、口呼吸舌癖タングトラスト等)、睡眠態癖おしゃぶり[3]低位舌など

骨格性下顎前突症(III級不正咬合)は下顎の姿勢位の異常を原因として生じることがある。下顎骨顆頭関節窩から絶えず引き離されると成長が刺激されるからである。下顎の機能的な変化は歯の位置にのみ影響を与えるが、呼吸をするためや舌の大きさ、咽頭腔の大きさなどに合わせて下顎が一定の姿勢位をとり続ける場合、顎骨の大きさに影響を与える。下顎前突症は明らかに家系的および人種的傾向が認められ、遺伝的な顎骨の大きさの異常と関連している。

関連症状 編集

審美障害下顎運動障害(筋肉の不調和または疼痛)、口腔機能障害咀嚼障害嚥下障害発語構音不全等)、顎関節症不正咬合に関連のある歯周病およびう蝕

治療 編集

乳歯列期(3歳ごろ)から混合歯列期初期までの下顎前突症ムーシールドの適用となる[4][5]

永久歯列期歯性下顎前突症は通常の固定式矯正装置や、機能的矯正装置でも比較的簡単に治療可能であるが、骨格性下顎前突症外科的処置を伴う包括矯正歯科治療を考えなければならない。

脚注 編集

  1. ^ a b c 『プロフィトの現代歯科矯正学(CONTEMPORARY ORTHODONTICS)』 著者 プロフィト.ウイリアムR (William R.Proffit) クインテッセンス出版 ISBN 4-87417-306-3 C3047
  2. ^ Chudley (1998) Genetic landmarks through philately – The Habsburg jaw. Clinical Genetics 54: 283-284.
  3. ^ 亀山孝將 おしゃぶり誘発顎顔面変形症PFDS)(1)、(2)、(3)、(4)、 月刊保団連;2006.11 No918、2006.12 No920、2007.3 No927、2007.4 No932、ISSN 0288-5093
  4. ^ 柳澤宗光他「機能的矯正装置による反対咬合者の治療に関する研究」『日本矯正歯科学会雑誌』第44巻第4号、日本矯正歯科学会、1985年、734頁、ISSN 1349-0303 
  5. ^ 柳澤宗光「小児の反対咬合治療の開始時期について」『デンタルダイヤモンド』第19巻第13号、デンタルダイヤモンド社、1994年、186-189頁、ISSN 0386-2305 

参考文献 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集