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両浙路(りょうせつろ)は、北宋期に置かれた地方行政区の1つ。現在の浙江省及び江蘇省上海市含む)・福建省の一部。

揚子江下流の南側の地域を浙江(銭塘江の別名)を境として南側を「浙東」、北側を「浙西」と称し、合わせて「両浙」と称したのが始まりとされる。

代には両浙道が設置され、唐末に銭鏐が両浙道に割拠して呉越を建国した。北宋が設置した両浙路も前代を引き継ぎ、蘇州常州潤州杭州湖州秀州越州明州婺州衢州睦州温州処州の14州と江陰軍順化軍の2軍から構成されていた。熙寧年間に東西に分割されるも間もなく旧態に復するが、南宋成立後に杭州に行在(臨安府)が置かれたことから再度東西に分割された。だが、その後も東西両路を合わせた俗称として「両浙」の名称は用いられた。

参考文献編集

  • 「両浙」『東洋歴史大事典』下巻、平凡社、1938年(復刻:臨川書店、1986年)、p.1048