中原野戦軍(ちゅうげん-やせんぐん)は、中国共産党国共内戦中に中原地域で編成した方面軍・軍集団級の部隊。晋冀魯豫野戦軍団を前身とし、中原軍区を管轄した。後に中国人民解放軍第2野戦軍に発展した。

成立編集

1948年5月9日、中国共産党中央軍事委員会の指示により、中原軍区が再設置され、晋冀魯豫野戦軍団が中原野戦軍に改称された。

指揮官編集

編制編集

軍事行政単位としての中原軍区は、鄂豫軍区(5個軍分区)、皖西軍区(3個軍分区)、豫皖蘇軍区(8個軍分区、1個独立旅)、豫西軍区(6個軍分区)、桐柏軍区(3個軍分区、第28旅)、江漢軍区(3個軍分区、1個独立旅)、陝南軍区(2個軍分区、第12旅、第17師)を管轄した。

中原野戦軍は、以下の7個縦隊を管轄した。

活動編集

中原野戦軍は、華東野戦軍と協同で、洛陽、皖西、皖東、豫東、襄樊等の戦役に参加し、長江以北の敵軍を撃滅する条件を創出した。

1948年10月下旬、中原野戦軍主力は、鄭州と開封を解放した。11月~翌年1月、華東野戦軍と共に淮海戦役を発動して、55万5千人の国民党軍を撃滅し、淮海地区全域を解放した。

消滅編集

1949年2月5日、中央軍事委員会の命令により、中原野戦軍は、中国人民解放軍第2野戦軍に改称された。

関連項目編集