中国におけるフェミニズム

中国および中華人民共和国における社会運動
中国のフェミニズムから転送)

中国におけるフェミニズム(ちゅうごくにおけるフェミニズム)は、中国革命の傍ら20世紀に始まった。殊に中国では、マルクス主義が建国に関わったことから、フェミニズムが社会主義および階級問題と連携している。[1] 

歴史 編集

20世紀より前、女性は本質的に男性とは異なる存在だと認識されていた。道教では女性が、男性がであり、両性の質と重要さは同等であるにもかかわらず、女性は階層構造の宇宙で男性よりも低い地位に置かれていた。易経は次のように述べている。 「大いなる正義は、 男女が正しい位置すなわち天と地に応じた位置を占めることによって、示される」(「男女正天地之大義也」)[2] 。女性は男性に忠実で従順でなければならなかった[3]。女性は政府や共同体の集会に参加することも許されなかった[4]。多くの女性と一部の男性が、こうした女性の低い地位に反対する意見を述べたが、20世紀初頭までほとんど成果はなかった。

女性たちの反乱は中国をその根底から動揺させた。中国の女性たちのなかには、もともと相続権をもたない人々が世界でも類を見ないほど多くいた。中国共産党は彼女たちの支持を得た。そして、こうした女性たちの感情に訴えかける鍵を握ることができたので、中国共産党は勝利への鍵を見つけることもできたのである。
ジャック・ベルデン英語版 1946[5]

国共内戦における中国共産党の勝利の後、政府の承認を得ることによって、女性人権団体の活動はしだいに活発になった。「中国の共産主義革命に伴う最も重要な変化と覚醒の一つは、活発で活動的な女性運動が起きたことである」[6]

1949年の建国以降の社会主義改造により、特に軽工業などで女性の社会進出が進み、「同一労働同一賃金」の原則により女性も男性と平等な社会的役割と責任を担ってきたが、1980年代に市場経済化が進むにつれ、経済格差が広がり、高い経済力を身につける女性が現れる一方で、競争激化のもとで、女性が不利な状況におかれる現象も現れ始めていた[7]。研究によると、1970年代初頭と続く1980年代には、多くの中国のフェミニストは共産党政府が「階級の不平等が是正されたのちに達成されるべき課題として女性の解放を一貫して扱うようになったと評価していたが[8] 、一部のフェミニストは政府が「平等」を同じであることだと解釈して、十分に検討されていない男性の基準にしたがって女性を扱うようになっているという傾向が、問題の一部となっていると主張することもある[9]

2001年、離婚の乱用の温床となっていたため、中国では婚姻法が改正された[10]

2005年、中国はセクシャルハラスメントの禁止が盛り込まれた婦女権益保障法という新たな法律を制定した[11][12][13]。 2006年には上海市実施「中華人民共和国婦女権益保障法」弁法(草案)が起草され、セクシャルハラスメントがより詳しく明文化された[14][15]

2013年、23歳の曹菊という女性が新巨人培訓学校に対し訴訟を起こし、30000元と公式の謝罪を得た。これは中国における最初の性差別訴訟である[16][17]

2015年には、中国はドメスティックバイオレンス(以下DV)を禁止する最初の全国にわたる法律を制定した[10]。同性カップルを除外し、性的暴行を言及していないものだったが、これにより初めてDVが定義された[10] 。中国では2011年の李楊英語版の事件よりDVについて人々の間で盛んに議論されてきた[10]。2011年、李楊の妻キム・リー(Kim Lee, 中国名 李金)は中国のソーシャルメディア微博にアザのできた顔写真を投稿し、夫をDVで起訴した。彼女が後に「ニューヨークタイムズ」で語ったところによれば、警察は何ら犯罪は起こらなかったと告げたという。李楊は彼女を殴ったことを認めたが、プライベートなことを公の場に話したことで彼女を批判した[10][18]

ただし、2016年以降の観察では、中国のフェミニズムのラディカル化、女性優越主義化およびミサンドリー化が見られ、インターネットにおいて大漢民族主義をはじめとするナショナリズム全体主義との軋轢も激化している[19][20]。また、囲碁棋士柯潔は2020年にネット上でフェミニズムを批判するコンテンツを多数投稿したため、女性からの批判が多く寄せられた[21]

西洋のフェミニズムとの違い 編集

中国におけるフェミニズムは、男性と女性が生まれつきの区分であると考えた経緯がない点が、西洋のフェミニズムと違っている。むしろ、中国の文化は、男性と女性の区分は社会的に造られたと常に考えている。[22]

著名な中国のフェミニスト 編集

李小江は、中国における女性学の創始者であると、しばしば評されている。李小江の1983年の随筆「人類の進歩と婦女解放」(人类进步与妇女解放)は、中国で最初の女性学の出版である。2年後に女性学の協会が設立されている。[23]

もう1人の20世紀前半の著名なフェミニストは、日本で亡命中の間に雑誌『天義』を創刊したアナキスト何殷震である[24]

兪正燮袁枚は、中国で最初の男性のフェミニストである[25][26]

現代の中国のフェミニスト思想家、活動家、作家、法律家には、艾暁明、呂頻、趙思楽らがいる[27]

2015年における5人のフェミニストの逮捕 編集

2015年3月7日、国際女性デーの前日に、5人の中国人フェミニストが"騒乱挑発罪"(寻衅滋事罪)で逮捕された[28]李婷婷英語版(Li Tingting、ニックネーム 麦子 Maizi)、韋婷婷(Wei Tingting)、鄭楚然(Zheng Churen、ニックネーム 大兔 Datu)、武嶸嶸中国語版(Wu Rongrong)、そして王曼(Wang Man)の5人である[29]

5人合わせて"フェミニスト・ファイブ(中国語: 女权五姐妹、英語: Feminist Five)"として知られる女性活動家たちは、長年ドメスティックバイオレンス英語版に対する法律の整備を訴えてきた。また彼女たちは男女格差英語版に対する抗議やLGBTの権利のためのパフォーマンスアートにも携わってきた。

彼女たちは公共交通機関におけるセクハラに対する抗議を計画していた[30]。2015年4月、 国内からの激しい反発、またヒラリー・クリントン[31]サマンサ・パワー[32]らからの呼びかけといった国際的な関心が高まったこともあって、5人は釈放された[33]

脚注 編集

出典 編集

  1. ^ Lin (2006), 127.
  2. ^ Quoted in Croll (1978), 13.
  3. ^ Croll (1978), 13.
  4. ^ Croll (1978), 15.
  5. ^ Quoted in Croll (1978), 1.
  6. ^ Quoted in Croll (1978), 15.
  7. ^ 平成19年版男女共同参画白書 | 内閣府男女共同参画局”. www.gender.go.jp. 2021年3月1日閲覧。
  8. ^ Lin (2003), 66.
  9. ^ Meng 118-119.
  10. ^ a b c d e Katie Hunt, CNN (2015年12月28日). “China finally has a domestic violence law - CNN.com”. CNN. 2015年12月28日閲覧。
  11. ^ “China to outlaw sexual harassment”. BBC News. (2005年6月27日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/4625913.stm 2012年10月7日閲覧。 
  12. ^ セクハラ禁止を盛り込む、女性権益保障法改正案可決”. 中国通信社 (2005年8月27日). 2019年2月5日閲覧。
  13. ^ 中华人民共和国妇女权益保障法(修正)”. 中華人民共和国中央人民政府 (2005年5月26日). 2019年2月5日閲覧。
  14. ^ Li, Cao; South, Mark (2006年10月27日). “Draft bill details sexual harassment”. China Daily. http://www.chinadaily.com.cn/china/2006-10/27/content_718147.htm 2012年10月7日閲覧。 
  15. ^ 藤田 康介 (2006年10月31日). “「セクハラ禁止」、上海市が法制化”. Chase China & Asia. Chase China. 2019年2月5日閲覧。
  16. ^ Michelle FlorCruz (2014年2月3日). “Chinese Woman Wins Settlement In China's First Ever Gender Discrimination Lawsuit”. International Business Times. 2014年2月7日閲覧。
  17. ^ 案例摘要:巨人学校就业性别歧视案(中文版)”. Business & Human Rights Resource Centre. 2019年2月5日閲覧。
  18. ^ 李金”. 百度百科. 2019年2月5日閲覧。
  19. ^ 为什么西方女权更“低调”时,中国女权运动愈发“激进化”?_思想市场_澎湃新闻-The Paper”. www.thepaper.cn. 2021年3月1日閲覧。
  20. ^ Welle (www.dw.com), Deutsche. “中国女权: 被消费的抗疫英雌 | DW | 20.02.2020” (中国語). DW.COM. 2021年3月1日閲覧。
  21. ^ “当女权成为“女拳”:中国的女性主义者为何在互联网遭到“反击”” (中国語). BBC News 中文. https://www.bbc.com/zhongwen/simp/chinese-news-55571627 2021年3月1日閲覧。 
  22. ^ Brownell (2002), 25-26.
  23. ^ Wang.
  24. ^ Liu.
  25. ^ Ko, Dorothy (1994). Teachers of the Inner Chambers: Women and Culture in Seventeenth-century China. Stanford University Press. ISBN 0804723591 
  26. ^ Ropp, Paul Stanley; Zamperini, Paola; Zurndorfer, Harriet Thelma, eds (2001). Passionate Women: Female Suicide in Late Imperial China. BRILL. ISBN 9004120181 
  27. ^ 博客天下”. view.inews.qq.com. 2016年2月22日閲覧。
  28. ^ correspondent, Tania Branigan China (2015年3月12日). “Five Chinese feminists held over International Women's Day plans” (英語). The Guardian. ISSN 0261-3077. http://www.theguardian.com/world/2015/mar/12/five-chinese-feminists-held-international-womens-day 2016年2月22日閲覧。 
  29. ^ The Inspirational Backstory of China’s ‘Feminist Five’”. Foreign Policy. 2016年2月22日閲覧。
  30. ^ ‘They Are the Best Feminist Activists in China’”. Foreign Policy. 2016年2月22日閲覧。
  31. ^ Hillary Clinton on Twitter”. Twitter. 2016年2月22日閲覧。
  32. ^ Samantha Power on Twitter”. Twitter. 2016年2月22日閲覧。
  33. ^ 中国:女性人権活動家5人 釈放ではまだ不十分”. アムネスティ・インターナショナル (2015年4月14日). 2019年2月21日閲覧。

参考文献 編集

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  • Brownell, Susan, and Jeffrey N. Wasserstrom. Chinese Femininities / Chinese Masculinities. Berkeley: University of California Press, 2002. ISBN 0-520-22116-8.
  • Croll, Elisabeth J. Feminism and Socialism in China. New York: Routledge, 1978. ISBN 0-8052-0657-4.
  • Edwards, Louise. "Issue-based Politics: Feminism with Chinese characteristics or the return of bourgeois feminism?" In The New Rich in China: Future Rulers, Present Lives. Ed. by David S. G. Goodman. New York: Routledge, 2004. pp. 201–212. ISBN 0-415-45565-0.
  • Fan, Hong. Footbinding, feminism, and freedom: the liberation of women's bodies in modern China. New York: Routledge, 1997. ISBN 0-7146-4633-4.
  • Hom, Sharon K. Women's Rights: A Global View. Ed. by Lynn Walter. New York: Greenwood Publishing, 2000. ISBN 0-313-30890-X.
  • Honig, Emily, and Gail Hershatter. Personal voices: Chinese women in the 1980s. Stanford: Stanford University Press, 1998. ISBN 0-8047-1431-2.
  • Jaschok, Maria, and Suzanne Miers. Women and Chinese patriarchy: submission, servitude, and escape. London: Zed Books, 1994. ISBN 1-85649-126-9.
  • Lin, Chun. "Toward a Chinese Feminism: A personal story." In Twentieth-Century China: New Approaches. Ed. by Jeffrey N. Wasserstrom. New York: Routledge, 2002. ISBN 0-415-19504-7.
  • Lin, Chun. "The Transformation of Chinese Socialism". Durham, North Carolina: Duke University Press, 2006. ISBN 0-8223-3798-3.
  • Liu, Lydia et al. "The Birth of Chinese Feminism: Essential Texts in Transnational Theory". Columbia University Press, 2013. ISBN 978-0-231-16290-6.
  • Meng, Yue. "Female Images and National Myth." In Gender Politics in Modern China: Writing and Feminism. Ed. by Tani E. Barlow. Durham, North Carolina: Duke University Press, 1993.
  • Wang, Shuo. "The New 'Social History' in China: The Development of Women's History." The History Teacher 39:3 (May 2006).
  • Zarro, Peter. "He Zhen and Anarcho-Feminism in China." Journal of Asian Studies 47:4 (November 1988), 796-813.

関連項目 編集

外部リンク 編集