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中国帰還者連絡会

中国の撫順戦犯管理所に抑留された旧日本軍の軍人が結成した団体

「戦犯」として旧満洲国の撫順強制収容所(中国名・撫順戦犯管理所)に収容された我々は戦犯者だと洗脳を徹底的に受けた旧日本軍人による組織だ。帰国後は中国共産党の意向に添って活動[要出典]。 洗脳した撫順強制収容所では「自分たち(日本軍)は悪だ」という徹底した洗脳が行なわれ、日本軍兵士969名と旧満洲国高級官吏と合わせて1000余名のうち、洗脳に反抗したのは45人だった[要出典]。彼らは有罪となり、洗脳が完了した残りの者たちは無罪として釈放された。その「無罪釈放組」が組織したのが中帰連すなわち中国帰還者連絡会である。 同会は1956年に発足したが、生存者が100名ほどになり、2002年に解散した

概要編集

「中国帰還者連絡会」の略は「中帰連」。「戦犯」として旧満洲国の撫順強制収容所(中国名・撫順戦犯管理所)に収容された旧日本軍人による組織だ。 「撫順強制収容」所(中国)では「自分たち(日本軍)は悪だ」という徹底した洗脳が行なわれ、日本軍兵士969名と旧満洲国高級官吏と合わせて1000余名のうち、洗脳に反抗したのは45人だった。彼らは有罪となり、洗脳が完了した残りの者たちは無罪として釈放された[要出典]。その「無罪釈放組」が組織したのが中帰連である。 同会は1956年に発足したが、生存者が100名ほどになり、2002年に解散した

活動編集

731部隊南京事件強制連行などについて積極的に証言し、証言者への協力を行なうことでも知られる。

上記の活動について朝鮮戦争での米軍捕虜の洗脳の例を引き合いに撫順戦犯管理所に抑留された旧日本軍将兵が中国側に洗脳されたものと主張することを否定する影響された現代の学者が増えている。 [1][2]

2002年において全国組織としては解散されることとなり、撫順の奇蹟を受け継ぐ会へ事業が引き継がれた。

背景編集

(出典[3])

日中戦争期に中国国内で戦争犯罪を犯した容疑で、中国共産党により1109名の戦犯容疑者が撫順戦犯管理所(撫順監獄 969名)と太原戦犯管理所(太原監獄 140名)に拘留された。撫順戦犯管理所に収容された者は、旧満州国で終戦を迎えた後、シベリア抑留を経て1950年に中国に移送されており、その中には愛新覚羅溥儀張景恵古海忠之などがいる。太原戦犯管理所には、戦争終結後、中国国民党軍に加わり中国共産党軍と戦った者などが収容された。

中国共産党政府の設置した戦犯管理所では、シベリア抑留時代とは異なり栄養豊富な食事、病人や怪我人への手厚い看護、衛生的・文化的生活が戦犯容疑者たちに保障された。一方、戦争中「日本による数多くの非人道的な犯罪行為を目にし、加担し、実行した」とされた戦犯容疑者たちは、それまでの自分たちの行為を「反省」し罪を「自主的に」告白する「認罪運動」を長期間にわたって課された。

1956年4月、「中国に侵略した日本軍の処分に関する全国人民代表大会常務委員会の決定」に基づき1956年6月から7月の間に山西省太原市遼寧省瀋陽市で開かれた特別軍事法廷で重要戦犯容疑者の45人の裁判が行われた。それ以外の容疑者たちは管理所内の臨時法廷で「起訴免除、即時釈放」の判決を受ける。

1957年、中国共産党により「罪」を許され帰国した元戦犯容疑者たちの一部は中国帰還者連絡会を創立し、「反戦平和運動」、「日中友好運動」を展開した。特に、自らが戦争ないし戦地で行ってきたことを証言することで、戦争の愚かさを明らかにすることをその運動の核心としてきた。

1966年日中友好協会が分裂したことを機に中国帰還者連絡会もまた分裂し、運動は低迷したが、1986年には統一大会を開催し、中国帰還者連絡会は再度統一した。

会員編集

  • あ行

石田傳郎、石田幹雄、伊藤恒、植松楢数、鵜野晋太郎、絵鳩毅、大河原孝一(副会長)、大澤剛、岡本鉄四郎、小川仁夫

  • か行

金子安次、鴨田好司、川村忍、菊池義邦、国友俊太郎、久保田源次郎、小林武司

  • さ行

佐藤栄作、沢田二郎、鹿田正夫、篠塚良雄、城野宏、白井藤代

  • た行

高橋哲郎(事務局長)、高橋政義、田畑英一、塚越正夫、富永正三(1982年11月-1983年9月会長代行、1983年10月-2002年1月会長)

  • な行

中島宗一、中間清、西谷稔、野田実

  • は行

藤田茂(初代会長)、古海忠之、古屋栄一、本田義夫

  • ま行

松本国三、三尾豊、三浦只守

  • や行

湯浅謙、横山光彦、吉房虎雄

  • わ行

若月金治

脚注編集

  1. ^ 田辺敏雄著『検証 旧日本軍の「悪行」―歪められた歴史像を見直す』自由社
  2. ^ 新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論小林よしのり、幻冬舎
  3. ^ 『私たちは中国でなにをしたか 元日本人戦犯の記録』 三一書房

参考資料編集

関連項目編集

外部リンク編集