中川 久徳(なかがわ ひさのり)は、江戸時代中期の豊後国岡藩の世嗣。官位従五位下・内膳正。

 
中川久徳
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 延享2年(1745年
死没 文化8年8月24日1811年10月11日
官位 従五位下内膳正
豊後岡藩世嗣
氏族 中川氏
父母 中川久貞
兄弟 久賢久徳水野勝剛松平忠明、的丸、岩、貞、巻、充
丹羽高庸
山本勝五郎娘
久遠久持、宣
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略歴編集

8代藩主・中川久貞の次男として誕生。

兄・久賢が早世したため、岡藩嫡子となる。明和5年(1768年徳川家治に拝謁し叙任するが、不行跡のため天明3年(1783年)に廃嫡された。

代わって、長男・久遠が嫡子となる。文化8年(1811年)、67歳で没した。

系譜編集