中期プラトン主義(ちゅうきプラトンしゅぎ)または中期プラトニズム (ちゅうきプラトニズム、: Middle Platonism, : Mittelplatonismus) は、前1世紀から後3世紀ローマ哲学において、プラトン哲学を解釈した学派・思潮を指す。それまでプラトン主義の本流だったアカデメイア派と異なり、懐疑主義よりも独断主義の立場をとった[1]。同時代の新ピタゴラス主義と一部重なり、ともに後3世紀以降の新プラトン主義に引き継がれた。

プルタルコス。『プラトン哲学に関する諸問題』(『モラリア英語版』13巻所収)などを著した。

主な人物に、アスカロンのアンティオコス[2]プルタルコス[3][2]アプレイウス[2]アレクサンドリアのフィロン[2]トラシュロス[2]エウドロス英語版[2]スミュルナのテオン[2]ガイウス英語版アルビノス[2]アルキノオス[2]アッティコス英語版[3]タウロス英語版[3]テュロスのマクシモス英語版[4]がいる。

概観 編集

「中期プラトン主義」という名称は、20世紀初頭ドイツの学者プレヒター英語版 により導入された[5]。以来、新プラトン主義の前座にすぎないとして軽視されていたが、20世紀末のディロン英語版により初めて主題的に研究された[6]

「初期プラトン主義」 (: Early Platonism) すなわち前4世紀後半から前3世紀前半までのアカデメイア(旧アカデメイア)は、懐疑主義的な「アカデメイア派」に取って代わられた[2]前86年第一次ミトリダテス戦争アテナイスッラに占領されると、アカデメイア派は衰退した[5]。同じ頃、キケロの師アスカロンのアンティオコスが、ストア派との折衷主義のもと、懐疑主義を拒絶してプラトンを再解釈し、中期プラトン主義の草分けとなった[2]

現存する中期プラトン主義の文献として、アルビノス『プラトン対話篇入門』、アルキノオス『プラトン哲学講義』、アプレイウス『プラトンとその学説』、ディオゲネス・ラエルティオスギリシア哲学者列伝』第3巻のプラトン伝、スミュルナのテオン『プラトンを読むための数学的事項に関する解説』、プルタルコスモラリア英語版』の諸篇、アレクサンドリアのフィロンの著作、著者不明の『テアイテトス注解』出土パピルス、ほか複数の断片がある[2]

中期プラトン主義は、地理的中心をもたず、地中海世界各地で個別に展開されたが[5]、とくに「アレクサンドリア学派」で知られる文献学文法学の中心地、アレクサンドリアで盛んになった[2]。アレクサンドリアのフィロンエウドロス英語版トラシュロスは、新ピタゴラス派的立場からプラトンを解釈した[2]。アレクサンドリア以外でも、モデラトスヌメニオスが同様の解釈をした[7]。なお、トラシュロスは4部作9編の『プラトン全集』を編纂したことでも知られる[2]

中期プラトン主義はグノーシス主義にも影響を与えたことが、ナグ・ハマディ文書から窺える[8]

アプレイウステュロスのマクシモス英語版は「第二次ソフィスト思潮」にも属する。

後3世紀半ばに活動したプロティノスらを境に、中期プラトン主義が終わり新プラトン主義が始まった[2]

特徴 編集

中期プラトン主義の特徴として、ヘレニズム哲学アリストテレスとの折衷主義[9]、「プラトンの不文の教説英語版」を背景とした新ピタゴラス主義的「数」の重視[10]善のイデアと神との同一視[9]イデアと神の思考内容(ノエーマ νόημα)との同一視[9]論理学自然学倫理学の哲学三部分類[9]、神をまねる倫理的生き方の実践[9]、などが挙げられる。

新プラトン主義との違いとして、『パルメニデス』を形而上学的著作として注釈しなかったこと[11]、善のイデアをあくまで善なる神として、「存在の彼方」とはしなかったこと[12]、などが挙げられる。

関連項目 編集

脚注 編集

  1. ^ クリストファー・ロウ著、金山弥平訳 著「プラトン」、デイヴィッド・セドレー英語版 編『古代ギリシア・ローマの哲学 ケンブリッジ・コンパニオン』京都大学学術出版会、2009年。ISBN 9784876987863  176f頁
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 中畑 2007, p. 471-476.
  3. ^ a b c 西村 2020, p. 165f.
  4. ^ 松原國師『西洋古典学事典』京都大学学術出版会、2010年。ISBN 9784876989256 1211f頁。
  5. ^ a b c 西村 2020, p. 185f.
  6. ^ 瀬口 2019, p. 189.
  7. ^ ファーガソン 2011, p. 254-261.
  8. ^ 荒井献大貫隆・小林稔・筒井賢治 編訳『新約聖書外典 ナグ・ハマディ文書抄』岩波書店〈岩波文庫〉、2022年、ISBN 978-4003382516 465-469頁(荒井献 解説)
  9. ^ a b c d e 中畑 2007, p. 478ff.
  10. ^ 西村 2020, p. 168.
  11. ^ 西村 2020, p. 160.
  12. ^ 西村 2020, p. 172.

参考文献 編集

  • ファーガソン, キティ 著、柴田裕之 訳『ピュタゴラスの音楽』白水社、2011年。ISBN 9784560081631 
  • 瀬口昌久 著「実践的な生と伝記の執筆 『英雄伝』の指導者像と哲人統治の思想」、小池登;佐藤昇;木原志乃 編『『英雄伝』の挑戦 新たなプルタルコス像に迫る』京都大学学術出版会、2019年。ISBN 9784814001989 
  • 西村洋平 著「プラトン主義の伝統」、伊藤邦武山内志朗中島隆博納富信留 編『世界哲学史 2』筑摩書房〈ちくま新書〉、2020年。ISBN 9784480072924 
  • 中畑正志 著「プラトン哲学・アリストテレス哲学の復興」、内山勝利 編『哲学の歴史 第2巻 帝国と賢者 古代2』中央公論新社、2007年。ISBN 9784124035193 
  • 中畑正志 「総解説 プラトンを読む」、下記『プラトン哲学入門』所収、2008年。ISBN 9784876981809

原典文献 編集

アルビノス『プラトン対話篇入門』、アルキノオス『プラトン哲学講義』、アプレイウス『プラトンとその学説』、ディオゲネス・ラエルティオスプラトン伝』、オリュンピオドロス『プラトン伝』、著者不明『プラトン哲学序説』
『プラトン哲学に関する諸問題』、『『ティマイオス』における魂の生成について』ほか
ディオゲネス・ラエルティオス『プラトン』、オリュムピオドロス『プラトン伝』、プルタルコス『プラトン哲学の諸問題』、アノニュモス『プラトン哲学緒論』

外部リンク 編集