中村莟玉

歌舞伎役者
中村梅丸から転送)

初代 中村 莟玉(なかむら かんぎょく、1996年平成8年)9月12日 - )は、歌舞伎役者立役/女形。前名の梅丸時代はまるちゃんまるるの愛称で親しまれた[1]

しょだい なかむら かんぎょく
初代 中村 莟玉
屋号 高砂屋
定紋 祇園銀杏
生年月日 (1996-09-12) 1996年9月12日(24歳)
本名 森正琢磨
襲名歴 1. 中村梅丸
2. 中村莟玉
出身地 東京都
四代目中村梅玉養父

来歴編集

両親ともに出版社で編集関係の仕事に就く一般家庭で生まれ育つ[2]。母親が歌舞伎好きであったためにテレビの歌舞伎放送をよく見ており、初めて歌舞伎座の舞台観劇に連れていかれたのは2歳のとき。小学一年生の頃「東をどり」を観劇に行った際、劇場のロビーで大好きな「切られ与三郎」の真似をしていたところを日本舞踊家の花柳福邑に声をかけられ、稽古に通うようになった。師匠の花柳の手引きで7歳の時に中村梅玉を紹介され、見習いとして楽屋に通うようになる[2]

2005年(平成17年)1月、国立劇場御ひいき勧進帳』の富樫の小姓で本名の森正琢磨の名で初舞台。翌2006年(平成18年)4月に四代目中村梅玉部屋子となり、歌舞伎座「六世中村歌右衛門五年祭四月大歌舞伎」『沓手鳥孤城落月』の小姓神矢新吾、『関八州繋馬』の里の子竹吉で中村梅丸を名乗る。この公演では、併せて五代目中村玉太郎が里の子梅松で初舞台を踏んでいる。

2017年、名題適任証を取得[3]

2019年8月に師匠の梅玉とともに記者懇親会を行い、同年11月の歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」で初代中村莟玉(かんぎょく)を名乗り、同時に梅玉に養子入りすることが発表された[1]。莟玉の名前は、梅玉の養父である六代目中村歌右衛門が若いころに行っていた公演「莟会」から取った。莟には「まだ開かない花の芽、前途有望だがまだ一人前になる前の若者」という意味がある。この字に梅玉の玉を加えた[1]

同年11月歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」にて『鬼一法眼三略巻』「菊畑」の奴虎蔵実は源義経を演じ改名披露[4][5]

主な出演編集

舞台(歌舞伎ほか)編集

テレビドラマ編集

脚注編集

[脚注の使い方]

外部リンク編集