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中村 秀昭(なかむら ひであき、1956年7月17日[注 2] - )は、TBS(東京放送TBSテレビ[注 1]アナウンサー(1979年 - 2012年)。

なかむら ひであき
中村 秀昭
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 熊本県熊本市
生年月日 (1956-07-17) 1956年7月17日(63歳)
血液型 A
最終学歴 早稲田大学政治経済学部
職歴 東京放送[注 1]アナウンサー(1979年4月入社)
TBSテレビ[注 1]編成局アナウンス部担当部長兼スポーツ局
TBSテレビ編成考査局審査部(2012年6月1日付異動)
活動期間 1979年 - 2012年(アナウンサーとして)
ジャンル スポーツ
出演番組・活動
出演経歴侍プロ野球
TBSラジオ エキサイトベースボール
JNNおはようニュース&スポーツ
3時にあいましょう
スーパーワイド
ほか

来歴編集

熊本県熊本市出身[2]東京都立小松川高等学校[2]早稲田大学政治経済学部卒業[2][3]1979年4月に東京放送[注 1]へアナウンサー第18期生として入社[4][5](同期は林正浩[4][5]、同じ早大出身の同期にフジテレビ近藤雄介がいる)。2004年10月には社内再編により他のアナウンサーとともにTBSテレビへの出向社員となり[注 1]2009年4月持株会社化[注 1]に伴い、正式にTBSテレビの社員となる。

新人アナ時代から、スポーツ局に属しており、スポーツ番組の殆どやニュース番組のスポーツニュースのコーナーなどに起用されていた。中継の主な担当競技は、野球[4][5]相撲[4][5]ボクシング[4][5]バレーボール[4][5]陸上競技[5]バドミントン[5]アイスホッケー[5]

1992年7月開催のバルセロナ・オリンピックでは、TBSユニ取材を担当[5]。2007年10月11日に行われた、「世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチ12回戦」王者・内藤大助(宮田)vs挑戦者・亀田大毅(協栄) でのラジオ実況を担当した。

スポーツ以外の分野では、1990年12月の日本人初宇宙旅行の特番において、打ち上げリポートを務めた事もある。

編成局アナウンス部担当部長やスポーツ局を兼務・歴任した後、2012年6月1日付でTBSテレビ編成考査局審査部担当部長に異動した[6][7]。ただし、以前から予定されていたスポーツ実況については異動後も担当した(同年6月16日にRCCラジオで放送された『RCCカープデーゲーム中継』西武対広島戦の裏送り実況など)[注 3]2016年7月31日を以って定年退職。[要出典]

エピソード編集

TBSアナウンサー当時、趣味にマラソンを挙げており[2]、時々TBSの本社までマラソンで通勤したり、マラソン・駅伝中継を担当する際に、実際に取材も兼ねてコースを走ってみることもあるという。2012年3月にTBS社内の公式クラブ活動としてランニングクラブ「TBSランニングBOO」が発足した際、初代部長へ就任した[9]

出演番組編集

テレビ編集

ラジオ編集

  • スポーツ中継
    • TBSラジオ エキサイトベースボール(プロ野球)…メインカード(主に巨人戦)の登場は少なく、主にパ・リーグの試合の取材や系列局向け(主にHBCRKBなど)の裏送り実況を担当していた。
    • ボクシング中継
    • 大相撲実況中継/待ったなし大相撲
    • バレーボール中継
      • 四ヶ国対抗女子バレーボールレニングラード大会実況中継(1984年6月1日、23:55 - 27:00)[14]
    • 広島アジア大会中継(1994年10月)
      • ASIAN HARMONY アジア大会広島'94華麗に開幕!(1994年10月2日、13:00 - 15:00)[14]
      • アジア大会閉会式(1994年10月16日、18:00 - 20:00)[14]
    • 陸上競技中継
      • 世界陸上女子マラソン実況中継(1999年8月29日、26:00 - 29:00)[14]
      • ニューイヤー駅伝
  • 久米宏 ラジオなんですけど(2012年11月10日、メッセージテーマ『ラジオを聴いていて、ふと疑問に思うこと』より「野球中継でアナウンサーはいつトイレに行くのですか?」という質問に対する解答者として電話出演)[15]

関連書籍編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ a b c d e f 1951年5月にラジオ東京として会社設立。同年12月25日にラジオ放送局として開局。1953年12月よりKRTの略称を採用。1955年4月にテレビ本放送開始・ラテ兼営局となる。1960年11月29日に社名を東京放送・略称をTBSへ変更。以降、ラジオ局部門について「東京ラジオ」(1961年以降は「TBSラジオ」)と呼ばれるようになる。2001年10月にラジオ局部門がTBSラジオ&コミュニケーションズ(略称:TBS R&C)、2009年4月にテレビ局部門がTBSテレビへそれぞれ分離し、放送持株会社化(社名を東京放送ホールディングス・略称をTBSHDにそれぞれ変更)。TBSの略称はTBSテレビへ移行した。2016年4月にTBS R&CはTBSラジオへ社名変更。アナウンサーの配属先も、持株会社化を機にTBSテレビへ移行した(2004年10月のTBSテレビ発足時に東京放送在籍者が全て出向、2005年以降の新規採用者はすべてTBSテレビの在籍[16])。
  2. ^ 生年月日は、次の資料[1][2]を参照。
  3. ^ 2012年6月のJRN系列局における中継予定表にも、6月15日のロッテ対広島戦の実況担当者として明記[8]

出典編集

  1. ^ a b c 『大相撲』1986年7月号P61に掲載された中村のプロフィールを参照。
  2. ^ a b c d e 外部リンク(TBSホームページに掲載されていたプロフィール)を参照。
  3. ^ a b 『週刊読売』1985年10月20日号P131掲載の名鑑プロフィールより。
  4. ^ a b c d e f g h 『TBS50年史』資料編P239
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m 『TBSアナウンサーの動き』P27より参照。
  6. ^ 人事、TBSテレビ - 日本経済新聞電子版2012年6月1日17時57分付配信
  7. ^ 報道局担当局長藤原氏ら=TBSテ、1日付で人事異動 - 『連合通信ドットコム』2012年6月4日付(インターネットアーカイブ2013年3月11日付保存キャッシュ)
  8. ^ MBS(毎日放送)公式サイト内プロ野球中継2012年6月分放送予定表(インターネットアーカイブ同11日付保存キャッシュ)
  9. ^ TBS「アナウンスBoo!!(アナウンサー通信)」:秋沢淳子の『にっぽんワン!!だぁ報ぉ~♪』/2012年3月29日の記事(インターネットアーカイブ2013年6月16日付保存キャッシュ)
  10. ^ a b 『TBS50年史』DVD-ROM『ハイブリッド検索編』に収録のテレビ番組データベースより、「出演者別リスト」→「な行」→「中村秀昭」を参照。
  11. ^ 『大相撲』1986年7月号P61に掲載された『大相撲ハイライト』番組情報、同番組担当アナの一人山田二郎のコメント「私どもの『大相撲ハイライト』は朝の"ニュース&スポーツ"のコーナーでやっています。」(「」内引用)をそれぞれ参照。
  12. ^ 『TBS50年史』DVD-ROM『ハイブリッド検索編』テレビ番組データベースより、「ジャンル別リスト」→「スポーツ」→『〔相撲〕 大相撲3月場所ハイライト』(番組名は原資料よりコピペ・引用。1985年3月11日 - 25日)を参照。
  13. ^ 2005年4月当時、TBSホームページ内に掲載されたプロフィールページ(インターネットアーカイブ2005年4月16日付保存キャッシュより)
  14. ^ a b c d 『TBS50年史』DVD-ROM『ハイブリッド検索編』に収録のラジオ番組データベースより、「出演者別リスト」→「な行」→「中村秀昭」を参照。
  15. ^ 『久米宏 ラジオなんですけど』公式サイト2012年11月10日放送分後記
  16. ^ TBS社員7割子会社出向…安住、小倉アナも - ZAKZAK2005年1月21日付(インターネットアーカイブ同23日付保存キャッシュ)

参考資料編集

  • 大相撲』1986年7月号(読売新聞社発行)
    • P60-65掲載記事『おなじみ相撲アナ24氏の私的部分と公約部分』(当時、毎場所朝にTBSテレビ系列で放送していた『大相撲ハイライト』担当アナの一人として中村のプロフィールが掲載)
  • 『TBS50年史』(2002年1月、東京放送編・発行)…国立国会図書館サーチの書誌情報
    • 資料編
    • DVD-ROM『ハイブリッド検索編』
      • テレビ番組データベース
      • ラジオ番組データベース
      • 『TBSアナウンサーの動き』(ラジオ東京→TBSの歴代アナウンサーの記録を、同社の歴史とともにまとめた文書。PDFファイル)
  • 各種外部リンク

関連項目編集

外部リンク編集