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中谷 武世(なかたに たけよ、1898年7月1日 - 1990年10月24日)は、日本政治家法政大学教授。

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来歴編集

和歌山県出身。東京帝国大学上杉慎吉に師事し猶存社帝大七生社に参加。帝大卒業後の1927年に法政大学講師になり1932年に教授、翌1933年大亜細亜協会の結成に加わり常任理事となる。1942年翼賛選挙では郷里の和歌山1区(当時)から大政翼賛会の推薦を得て当選、当選後は岸信介率いる護国同志会に入り終戦後は無所属倶楽部に所属。1945年に兵役召集令状を受けたが、体格不適格と判断され、衆議院議員を継続した。

公職追放を経て、追放解除後は改進党日本民主党から総選挙に立候補したがいずれも落選。以後は岸の外交政策でのブレーン・殊にアジア主義への関心から対アラブ政策に関心を移し、1958年日本アラブ協会創設に参加。1969年に同協会会長に就任し、1990年に死去するまでその座にあった。

著書編集

  • 「大亜細亜聯合への道」(1933年 国民思想研究所)
  • 「大亜細亜主義と日支関係・大亜細亜主義与中日関係」(1933年 大亜細亜協会)
  • 「印度と其の国民運動」(1933年 平凡社
  • 「天皇の御本質と天皇政治の本義」(1934年 国民思想研究所)
  • 「美濃部学説の思想的背景」(1935年 維新社)
  • 天皇機関説の批判」(1935年 維新社)
  • 「北支問題と大亜細亜主義」(1935年 大亜細亜協会)
  • 「新支那の思想的性格と大亜細亜主義の基調」(1940年 大亜細亜協会)
  • 「沖縄返還途上の陷穽 : 沖縄問題と日本ナショナリズム」(1969年 泰流社)
  • 「戦時議会史」(1974年 民族と政治社)
  • 「政治改革のすすめ」(1983年 山手書房細川隆一郎と共著)
  • 「アラブと日本 : 日本アラブ交流史」(1983年 原書房)
  • 「民族主義の基本的研究」(1983年 原書房)
  • アルジェリア革命三十周年式典に参列及びアラブ諸国歴訪各国首脳と会談の印象 : 肌身で感じた中東情勢の新展開」(1984年 日本アラブ協会)
  • 「昭和動乱期の回想 : 民族への自叙「民族運動六十年史」 中谷武世回顧録」(1989 年泰流社)

参考文献編集

  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 学位論文「木下宏一 //大正、昭和前期選良国家主義者の思想と行動 : 綾川武治と中谷武世」[1]

脚注編集

  1. ^ 博士論文書誌データベースによる