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丸の内 (名古屋市)

名古屋市中区・東区の地名
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中区 > 丸の内

丸の内(まるのうち)は、愛知県名古屋市中区および東区の町名。名古屋のビジネス街、官庁街である。住居表示実施により新しく設置された町丁で、丸の内一丁目から丸の内三丁目までがある。郵便番号は460-0002(中区)[3]。人口は5753人(2015年10月1日現在)[4]

丸の内
—  町名  —
丸の内のオフィス街と三の丸の官庁街
丸の内の位置(愛知県内)
丸の内
丸の内
丸の内の位置(名古屋市内)
丸の内
丸の内
丸の内の位置
座標: 北緯35度10分30.86秒 東経136度54分5.46秒 / 北緯35.1752389度 東経136.9015167度 / 35.1752389; 136.9015167
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Aichi Prefecture.svg 愛知県
Flag of Nagoya, Aichi.svg 名古屋市
中区東区
町名制定 1966年昭和41年)3月30日
人口 (2015年10月1日現在)
 - 計 5,753人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 460-0002
市外局番 052[1]
ナンバープレート 名古屋[2]

目次

概要編集

丸の内は名古屋城の南側にあり、町域は東を久屋大通、西を堀川、南を桜通、北を外堀通で囲まれている。丸の内一丁目は堀川と伏見通を東西の境とした地区、丸の内二丁目は伏見通と本町通を東西の境とした地区、丸の内三丁目は本町通と久屋大通を東西の境とした地区である。西に名駅、南に錦三丁目)・[注 1]、名古屋を代表する繁華街を抱える地区が隣接している。

町丁としては1966年(昭和41年)3月の住居表示実施により設置されたが、町域としては江戸時代初期の清洲越しによる名古屋開府にまで遡ることができる。2018年時点における丸の内は、北側に名古屋の官庁街である三の丸地区があることも影響し、代表的な金融街・ビジネス街の1つとなっているが、名古屋東照宮那古野神社のように江戸期尾張藩時代からの町域であることを示す施設も一部現存している。太平洋戦争後の名古屋市の復興計画実施により、地域内はほぼ碁盤目状に道路が整備され、幹線道路下に市営地下鉄が建設されも地区内に設置されているなど、交通の便は良い。

歴史編集

 
名古屋東照宮
 
東区丸の内三丁目。外堀通の一部分である。画像上部は名古屋高速都心環状線。

この地域が町としての発展を始めたのは、徳川家康の命による清洲越しが1610年(慶長15年)に始まってからである。同年ないしは翌年とされる[5]堀川の開削により資材運搬が容易になったこともあり、当地域を始めとする清洲越しの町割は数年のうちに名古屋台地の上に形成されていった。当地域には清洲越しにより清須から移ってきた豪商らが店を並べていたとされている[5]。1660年(万治3年)の大火により当地域も被害を受けたが、防災面の観点から道幅の拡張へとつながったりもしている[6]

明治期に入り、1876年(明治9年)には名古屋城内三の丸にあった三之丸東照宮(現在の名古屋東照宮)と天王社(現在の那古野神社)が名古屋鎮台設置に伴い当地域に遷座された。太平洋戦争時には空襲により当地域も甚大な被害を受け、戦後の名古屋市の復興計画により区画整理が行われた。1966年には後述の通り当地域にて住居表示が行われている。

名古屋を代表するビジネス街として、1973年(昭和48年)のタキヒヨー丸の内ビル建設を始めに企業による大規模ビルの建設が当地域で多く見られる。2018年現在当地域で最も高いアルペン丸の内タワー(最長部地上高115.866m、2007年竣工)を始めとして、伏見通・桜通・大津通といった幹線道路沿いには高層ビルが多数見られる。

ビジネス街としての丸の内を支える要因の1つである公共交通面では、1981年(昭和56年)11月に地下鉄鶴舞線の伏見駅 - 浄心駅間延伸により丸の内駅が開業した。その後1989年(平成元年)9月には地下鉄桜通線中村区役所駅 - 今池駅間開業に伴い、桜通線丸の内駅・久屋大通駅が開業している。またかつての名古屋市電時代には外堀通に行幸線東片端線が走り、地区での最寄り駅としては西から順に景雲橋・名古屋城・大津橋の各電停があった。外堀通上を走る名古屋高速都心環状線は、1994年(平成6年)9月に丸の内出口が供用開始され、1年後の1995年9月には丸の内出口 - 東新町出入口間が開通し都心環状線全線が開通となっている。

沿革編集

町名について編集

「丸の内」とは本来は城の本丸の内側又は外堀の内側という意味であるが、当地域は実際に名古屋城の本丸の内側にあるわけではなく、名古屋城外堀(当地域の北側の境となっている外堀通の北側)の南に置かれた町人町が当地域の前身である。この町名は住居表示実施に際してまったく新しく当地域にあてられたもので、これにより清洲越し以来の由緒ある町名が住所としては失われ、一部が通りの名としてその名を残すのみとなった[注 2]。こうした経緯もあり、地下鉄丸の内駅付近を丸の内と呼ぶことはあるが、久屋大通駅に近い丸の内三丁目の南部(桜通大津交差点周辺)はむしろ広い意味でのと認識されることがあるなど、丸の内という呼称が広域地名として一般的に用いられることは少ない。

施設・建物編集

   
アルペン丸の内タワー
東建本社丸の内ビル
   
那古野神社
料亭「河文」
   
日本メナード化粧品本社ビル
OSプラザビル
 
中日病院

名古屋でも代表的なビジネス街の一つとして、企業の大規模ビルが幹線道路沿いに多数建設されている。反面、江戸期尾張藩時代からの名古屋の町域であったことを示す施設もわずかではあるが残されている。

丸の内一丁目編集

丸の内二丁目編集

丸の内三丁目編集

公立小中学校の学区編集

 
名古屋市立名城小学校

丸の内地区の大部分が地区内に所在する名古屋市立名城小学校区であるが、丸の内一丁目の一部は名古屋市立御園小学校区となっている。なお御園小学校は名城小学校の分校から分離独立したという経緯を持つ。

これら2校の公立中学校進学先は、名古屋市立丸の内中学校となる[注 3]。名古屋市においては公立学校選択制が導入されていないことから、学区の移転を伴う住居移転がない場合、卒業した小学校に対応して進学する公立中学校が決まる。

2010年国勢調査実施時における世帯数・人口は、丸の内一丁目が1049世帯1569人、丸の内二丁目が1173世帯1859人、丸の内三丁目が1067世帯1819人となっている。丸の内以外の地域も含まれることとなるが同じく2010年国勢調査時における名城小学校区全体での人口密度が1km2あたり2259人、御園小学校区全体での人口密度が1km2あたり4063人と中区全体での値1km2あたり8355人を大幅に下回っている。

※記述にあたっては、『名古屋の町(大字)・丁目別人口(平成22年国勢調査)』行政区別統計表[10]を参照した。

交通編集

 
丸の内駅鶴舞線ホーム 伏見通地下に所在(2010年3月)
 
名古屋高速都心環状線丸の内出口(2015年10月)

鉄道駅については地下鉄丸の内駅座標: 北緯35度10分29秒 東経136度53分48.5秒が地域内に所在し最寄り駅であるが、地域東部にあたる丸の内三丁目近辺では地下鉄久屋大通駅の方が最寄りとなることが多い。

道路については太平洋戦争後の名古屋市の復興計画による区画整理実施により碁盤目状に整備されている。伏見通・本町通・大津通などの幹線道路以外はほとんどが一方通行となっている。

鉄道駅編集

道路編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 広域地名として栄をとらえた場合には錦三丁目はその中に含まれることとなる。
  2. ^ 『なごやの町名』P83 - P84には、中区中心部での住居表示実施においては特定の旧町名を住居表示の新町名とすることは難しいため、新町名は丸の内・錦・という新しい名として、旧町名は通りの名として残すことで大多数の市民の理解を得ることとした旨が記されている。
  3. ^ 丸の内中学校は丸の内地区ではなく、隣接する地区である中区三の丸一丁目に所在する。
  4. ^ 日本銀行名古屋支店(中区錦二丁目)が接する日銀前交差点(桜通・伏見通交点)を境として、東側が国道19号、西側が愛知県道68号となる。

出典編集

  1. ^ 総務省総合通信基盤局電気通信事業部電気通信技術システム課番号企画室 (2014年4月3日). “市外局番の一覧 (PDF)” (日本語). 総務省. p. 7. 2015年5月23日閲覧。
  2. ^ 管轄区域” (日本語). 国土交通省中部運輸局愛知運輸支局. 2015年5月23日閲覧。
  3. ^ 日本郵便. “郵便番号検索 愛知県名古屋市中区の郵便番号一覧”. 2018年1月30日閲覧。
  4. ^ “名古屋の町(大字)・丁目別人口 (平成27年国勢調査)統計表(区別)(6)中区”. 名古屋市総務局企画部統計課. (2016年3月31日). http://www.city.nagoya.jp/somu/page/0000081529.html 2018年1月30日閲覧。 
  5. ^ a b 名古屋市計画局 1992, p. 329.
  6. ^ 名古屋市計画局 1992, pp. 290-291.
  7. ^ a b 名古屋市計画局 1992, p. 779.
  8. ^ 名古屋の町名一覧(ま)”. 地域振興部住民課. 名古屋市 (2015年10月21日). 2015年12月19日閲覧。
  9. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 737.
  10. ^ “名古屋の町(大字)・丁目別人口(平成22年国勢調査)統計表(区別)(6)中区”. 名古屋市総務局企画部統計課. (2011年4月22日). http://www.city.nagoya.jp/somu/page/0000023639.html 2012年9月15日閲覧。 

参考文献編集

  • 水野時二・林薫一・岩崎公弥監修 『なごやの町名』 名古屋市計画局、1992年3月31日(日本語)。全国書誌番号:93012879

関連項目編集

外部リンク編集