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株式会社 丸大(まるだい)は、新潟県長岡市に本社を置き、新潟市中央区で『イトーヨーカドー丸大』の名称で総合スーパーを展開する企業である。

株式会社 丸大
Marudai Niigata Logo.jpg
創業の地にかつて存在した本店(2018年11月)
創業の地にかつて存在した本店(2018年11月)
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
新潟県長岡市城内町2丁目2-6
設立 1952年(昭和27年)4月
業種 小売業
法人番号 2110001023499
代表者 泉井清志
資本金 2億1300万円[1]
純利益 ▲6億5600万円(2019年02月28日時点)[2]
純資産 48億0600万円(2019年02月28日時点)[2]
総資産 61億7200万円(2019年02月28日時点)[2]
従業員数 690名
主要株主 イトーヨーカ堂100.0%[1]
外部リンク 本店の公式
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目次

概要編集

当社はセブン&アイホールディングス傘下のイトーヨーカ堂の完全子会社であるが、運営している店舗については「丸大」の名称が付く以外はイトーヨーカドーの直営店舗と特に差異がない状態で運営されている。

かつてはディスカウントストアのザ・プライス丸大や百貨店の丸大などを運営していたが、現在はイトーヨーカドー丸大のみの運営となっている。

創業編集

当社の起源は1952年(昭和27年)4月に新潟県長岡市大手通2丁目に渡辺喜一郎が丸大衣料品店を開いた[行政 1]ことに遡る。

その後、1960年(昭和35年)7月には新潟市本町通に新潟店を開き[行政 2]、1962年(昭和37年)12月には新潟県長岡市大手通2丁目に新店舗を建設して丸大百貨店を開業[行政 1]、1963年(昭和38年)6月15日に百貨店審議会で同じ長岡市大手通にあったイチムラ百貨店と共に百貨店法による営業を認可を受けて法律上も百貨店となった[3]

この長岡の本店が位置した大手通り沿いには同時に百貨店の認可を受けたイチムラ以外にも、ほぼ同時期に開業した大和(1958年10月[行政 3])、丸専デパート(1960年(昭和35年)12月[行政 3])などのライバルがひしめき合い大いに賑わっていた。

北陸地方への進出編集

1964年(昭和39年)7月には新潟市本町通六番町(現:中央区)の新潟丸大も百貨店法による営業を認可を受けて[3]、長岡と新潟の2つの百貨店を展開するまでに成長し、2店共に大和と店舗が近接してライバルとしてしのぎを削り、1970年(昭和45年)にイチムラも新潟店をこれまた近隣に開いた為[新聞 1]、これら3社の百貨店が2都市で近接して競い合う3つ巴の状況となった。

また、1965年(昭和40年)10月1日には高岡市に北陸丸大高岡店[4]、1966年(昭和41年)に富山市に北陸丸大富山店を出店するなど地場資本の百貨店として多店化を進め、新潟・長岡・富山・高岡の北陸4都市に店舗を持つ[5]北陸では大和に次ぐ第2位の有力百貨店に成長した[6]

イトーヨーカ堂との提携編集

1977年(昭和52年)8月期には約2億円の税引後純利益を計上して黒字経営を続けていたが[6]、ダイエーをはじめとする大手スーパーの進出が相次ぐなど競争が激化した為[6]、業績不振だった富山店を1977年(昭和52年)に大和へ売却し[5]、それを機に同じ小売業のイトーヨーカ堂と業務提携を開始する[新聞 2]

1978年(昭和53年)には、新潟店を改築して増床したのを機に、イトーヨーカドーのロゴと同一意匠の青・赤・白のコーポレートカラーで彩られた丸大マークを制定(ロゴ画像参照)、さらに4店舗の愛称を「ニイガタ丸大」・「ナガオカ丸大」・「カシワザキ丸大」・「タカオカ丸大」とした。

その後、1986年(昭和61年)5月に土地所有者である伏木海陸運送との契約期間満了に伴い高岡店を閉店した。

高岡店の建物は閉店後に「ライブ1」、「デュオ」へ転用され、2004年(平成16年)12月に大規模小売店舗の届出廃止となった[行政 4])。(建物は再開発に伴い現存しない)

1988年(昭和63年)11月25日[行政 3]には長岡市の市街地再開発事業の一環で長岡駅大手口側のとくま旅館跡地(城内町2丁目)に建設された城内ビル[行政 5][行政 6][行政 7]の主要テナントとして、総合スーパーのイトーヨーカドー丸大長岡駅前店(売場面積約13,500m2)を開店し、本店を事実上移転させた上でイトーヨーカドーと同じ意匠が採用されるなど丸大の独自色を一掃した。

そして、大手通の創業の地(延床面積8,205m2[行政 3])を、1989年(平成元年)9月にディスカウントストア業態である「ザ・プライス丸大長岡店」に業態転換し、当初の3・4年は売上を伸ばした[新聞 2]

しかし、川西地区の郊外型店舗との競争で大手通の集客が大幅に落ちた影響で、周辺全体の集客力・販売力が急速に低下し、1995年(平成7年)に長崎屋長岡駅前店[新聞 2]が撤退したのを皮切りに、1997年(平成9年)2月[行政 3]にイチムラから受け継いだダックシティ長岡店が閉店し、丸専デパートもテナントの撤退が相次いだため1998年(平成10年)に娯楽主体に転換[新聞 3]

ザ・プライス丸大長岡店も、売上がピークの1993年(平成5年)の約半分に落ち込んで赤字が続き、他店でカバーして創業の地を守ることが限界となったことから、2000年(平成12年)8月をもって閉店[新聞 2]し、建物を丸大が市に貸出して2001年(平成13年)に長岡市の施設「ながおか市民センター」が開館した[行政 3]

イトーヨーカドー丸大が誕生した翌年には百貨店として営業していた新潟店・柏崎店[7]が相次いで総合スーパーの「イトーヨーカドー丸大」に、本店の長岡店は先述の通りディスカウント業態のザ・プライス丸大に業態転換した。

現在編集

2005年(平成17年)に実施されたイトーヨーカドーグループの再編に伴って、店舗塔屋のロゴはハトのマークから「セブン&アイ・ホールディングス」の意匠に変更された。(詳細はイトーヨーカ堂#持株会社への移行を参照)

さらに、2008年(平成20年)月期に丸大はイトーヨーカ堂の完全子会社となり[8]、法人としては存続しているものの、新潟の地場資本ではなくなった。(2007年(平成19年)2月期まではイトーヨーカ堂の持ち株比率は80.3%だった[9]。)そのため、現在の新潟店は、店内にはセブン銀行ATMを設置や電子マネーnanacoの導入など完全にセブン&アイ・ホールディングスの経営方針に沿って運営され、特にイトーヨーカ堂との差異は名称以外全く存在しない。

2018年(平成30年)には、柏崎店が閉店[新聞 4]。これはイトーヨーカドーに転換された店舗としては初の閉店となる。2018年8月末に入ってからは長岡店が2019年1月~2月中に閉店する方針が検討されていることが発表されていた[10][新聞 5][新聞 6]が、同年12月29日に入って「2019年2月11日に閉店[新聞 7]」という情報が地元新聞社により報道された。2019年2月11日に長岡店が閉店し、営業店が新潟店のみとなった。

なお、2018年11月には丸大が運営している店舗ではないが、上越地方のイトーヨーカドー直江津店(直営店舗)が2019年5月12日に閉店することが発表されている[新聞 8]。2019年5月12日に直江津店が閉店、新潟県内のイトーヨーカドーは丸大新潟店のみとなった。

エピソード編集

なお、当社は丸大が地場資本だった時代に開店した店舗と、その移転・増床に当たる店舗のみを経営している為、同じ新潟県内の店舗でも上越市の中心部にある「イトーヨーカドーエルマール直江津店」は丸大の運営によるものではなく、店舗運営はイトーヨーカ堂が直接行っている。

また1993年(平成5年)から2007年(平成19年)まで新潟市(現:東区)に出店していた「イトーヨーカドー新潟木戸店」も同様で、店舗はイトーヨーカ堂の直営となっていた[注 1]。この新潟県内2店舗は、いずれも丸大との直接的な関係はない。

新潟店で先行して開始していたネットスーパーのサービスを2013年(平成25年)7月3日から長岡店と柏崎店でも開始して全店が対応することになった[新聞 9]。(柏崎店・長岡店ともに閉店を前に運用を終了している)

沿革編集

  • 1952年(昭和27年)4月 - 丸大衣料品店を開業する[行政 1]。設立時の資本金は300万円だった[5]
  • 1960年(昭和35年)7月 - 新潟店を開業する[行政 2]
  • 1962年(昭和37年)12月 - 丸大百貨店を長岡市大手通に開業する[行政 1]
  • 1964年(昭和39年)7月 - 新潟丸大が百貨店法による営業を認可を受ける[3]
  • 1965年(昭和40年)10月1日 - 北陸丸大 高岡店を開店する[4]
  • 1974年(昭和49年) - 北陸丸大を合併する。
  • 1977年(昭和52年) - イトーヨーカ堂と業務提携を開始し[新聞 2]富山店を大和デパートに売却する[5]
  • 1978年(昭和53年) - 丸大新潟店を増改築し増床し、同時にイトーヨーカ堂のコーポレートカラーの採用を開始する。
  • 1981年(昭和56年)4月25日 - 丸大柏崎店が開店する[新聞 10]
  • 1986年(昭和61年)5月 - 丸大高岡店を閉店し、富山県からは完全に撤退。
  • 1988年(昭和63年)11月25日 - 長岡市城内町に「イトーヨーカドー丸大長岡駅前店」を開業[行政 3]、丸大長岡店は営業継続。
  • 1989年(平成元年)9月 - 大手通の本店を「ザ・プライス丸大長岡店」に業態転換する[新聞 2]
  • 2000年(平成12年)8月 - 「ザ・プライス丸大長岡店」が閉店[新聞 2]
  • 2008年(平成20年)2月期 - イトーヨーカ堂の完全子会社となる[8]
  • 2018年(平成30年)8月19日 - 柏崎店が閉店[新聞 11][新聞 4][新聞 12][11]
  • 2018年(平成30年)8月30日 - 創業地で本社所在地の長岡店が閉店を検討していることが報道される[新聞 5]
  • 2019年(平成31年)2月11日 - 本店のイトーヨーカドー丸大長岡店が閉店[新聞 7]し、創業の地から完全に撤退する。これに伴い、本店が新潟店となる。

店舗編集

イトーヨーカドー丸大編集

イトーヨーカドー丸大 新潟店
Ito Yokado Marudai Niigata
 
店舗外観
店舗概要
所在地 951-8067
新潟県新潟市中央区本町通6番町1122
開業日 1960年7月
店番号 761
商業施設面積 17,233 m²
中核店舗 イトーヨーカドー丸大 新潟店
営業時間 9:00-21:00
駐車台数 337台
外部リンク IY丸大新潟公式HP
 
イトーヨーカドー丸大 柏崎店
Ito Yokado Marudai Kashiwazaki
 
店舗外観
店舗概要
所在地 945-0055
新潟県柏崎市駅前2丁目3-7オリオンビル1122
開業日 1981年4月25日
閉業日 2018年8月19日
店番号 765
施設所有者 有限会社タケダ
施設管理者 株式会社 丸大
商業施設面積 8,298 m²
中核店舗 イトーヨーカドー丸大 柏崎店
営業時間 9:00-20:00
駐車台数 319台
外部リンク IY丸大柏崎公式HP(Webアーカイブ)
 

柏崎店編集

1981年(昭和56年)4月25日に開店し[新聞 10]、1986年10月に6階まで全館を使用する規模まで増床していたが、[新聞 13]2018年8月19日時点では、地下1階~3階・4階の催事場のみ営業していた[1]


イトーヨーカドー丸大 長岡店
Ito Yokado Marudai Nagaoka
 
店舗外観
店舗概要
所在地 940-0062
新潟県長岡市城内町2丁目3-1 城内ビル
開業日 1988年11月25日
閉業日 2019年2月11日
店番号 766
施設所有者 城内ビル株式会社
施設管理者 株式会社 丸大
商業施設面積 13,500 m²
中核店舗 イトーヨーカドー丸大 長岡店
店舗数 19(閉店時点)
営業時間 9:00-21:00
駐車台数 408台
外部リンク IY丸大長岡公式HP(Webアーカイブ)
 

長岡店編集

1988年(昭和63年)11月25日に、それまでの百貨店の形態とは異なり「GMS」(総合スーパー)の形態で開業。イトーヨーカドー丸大の1号店でもある。開業時の名称は「長岡駅前店」。登記上の丸大本社所在地にほど近いが、土地は先述の経緯から有限会社とくま旅館(現:有限会社とくま[行政 8])が所有し、開業当時の設置者は有限会社とくま旅館・城内ビル株式会社[行政 8]・株式会社グリーンスタンプ[行政 8]の3社。建物設計は「日建設計」が、建物施工は大成・吉原共同企業体[注 2]が受諾し、1988年10月31日に竣工[注 2]。地下1階含む地上7階建て[12]

建物と土地は2019年2月の閉店以降に、ダイア建設新潟・大和地所・中越興業系の企業2社・フェイズ共同事業体に約10億円で譲渡されることが決定している[新聞 14][新聞 15]

ザ・プライス丸大編集

ザ・プライス丸大 長岡店
THE PRiCE Marudai Nagaoka
 
店舗外観
店舗概要
所在地 940-0062
新潟県長岡市城内町2丁目2-6
開業日 1989年9月
閉業日 2000年8月
施設所有者 株式会社 丸大
施設管理者 株式会社 丸大
商業施設面積 8,205 m²
中核店舗 ザ・プライス丸大 長岡店
後身 ながおか市民センター
 

長岡店編集

1989年9月に、それまでの丸大からイトーヨーカドーのディスカウントブランドであるザ・プライスへ業態転換したが、売上の低迷などから2000年(平成12年)8月をもって閉店した[新聞 2]

丸大編集

長岡店編集

丸大 長岡店
MARUDAI Nagaoka
 
店舗外観
店舗概要
所在地 940-0062
新潟県長岡市城内町2丁目2-6
開業日 1962年12月
閉業日 1989年9月
施設所有者 株式会社 丸大
施設管理者 株式会社 丸大
商業施設面積 8,205 m²
中核店舗 丸大 長岡店
後身 ザ・プライス丸大 長岡店
IYGROUP

創業の地である新潟県長岡市大手通2丁目にあった店舗で、1962年(昭和37年)12月に開店し[行政 1]、1963年(昭和38年)6月15日に百貨店審議会で百貨店法による営業を認可を受けて法律上も百貨店となった店舗で[3]、延床面積8,205m2[行政 3]だった。

1988年(昭和63年)11月25日に長岡駅前へ「イトーヨーカドー丸大」を出店した[行政 3]ことに伴い、1989年(平成元年)9月にザ・プライスに業態転換を行った。

丸大ストア柏崎店編集

丸大ストア 柏崎駅店
MARUDAI Store Kashiwazaki
店舗概要
所在地 945-0051
新潟県柏崎市東本町2丁目
閉業日 1981年8月
IYGROUP

新潟県柏崎市東本町2丁目にあった店舗で、1981年(昭和56年)4月25日の柏崎駅前のイトーヨーカドー開業後も並行して営業し続ける方針を示していたが[新聞 16]、同年8月には閉店へ方針を変更して営業を終了した[新聞 17]

北陸丸大富山店編集

北陸丸大 富山店
Hokuriku MARUDAI Toyama
 
右側半分が丸大富山店の建物(先代の大和富山店)
店舗概要
所在地 930-0062
富山県富山市西町
閉業日 1977年11月
後身 大和 富山店
IYGROUP

富山県富山市西町の総曲輪地区の一角に出店していた[13]。店舗跡は隣接していた大和デパートによって買収されて、1977年(昭和52年)11月に当時の富山店の増床部分として新装開店したが[5]、同店が2007年(平成19年)9月21日に総曲輪フェリオの新店舗へ移ったため閉鎖された[新聞 18]

北陸丸大高岡店編集

北陸丸大 高岡店
Hokuriku MARUDAI Takaoka
店舗概要
所在地 930-0021
富山県高岡市下関町4-56
開業日 1965年
閉業日 1986年
IYGROUP

富山県高岡市の高岡駅前にあった伏木海陸運送の越中倉庫跡地に鉄筋コンクリート造り5階建の伏木海陸ビル(延べ床面積約4,300m2)を建設させて出店した[4]

売場構成は1と2階が洋品雑貨で3階が呉服、4階が食料品でエレベーターやエスカレーターのない店舗だった[4]。(5階は倉庫及び事務所として使用[4]

20年間の賃貸借契約[4]終了後閉店となり、店舗の建物はその後「ライブ1」・「duo」(デュオ)となって、2004年(平成16年)12月に大規模小売店舗の届出廃止となった[行政 4]

店舗のフロア編集

(公式ホームページに準拠[14][12]、長岡店は閉店時点のもの)

IY丸大新潟店   IY丸大長岡店
8F カルチャー教室のフロア 屋上(閉鎖)
7F 飲食とカルチャーのフロア 飲食とカルチャーのフロア
6F 趣味のフロア ゲーム・雑貨のフロア
5F 暮らしのフロア 暮らしのフロア
4F カルチャー&子供、インテリアのフロア 紳士ファッションと子供のフロア
3F 紳士、スポーツと肌着のフロア 肌着のフロア
2F 婦人ファッションのフロア 婦人ファッションのフロア
1F 日用消耗品、化粧品と味の専門店のフロア 服飾のフロア
B1F 食品のフロア 食品のフロア
各階の設備

ギャラリー編集

ロゴ編集

イトーヨーカドー丸大新潟店編集

イトーヨーカドー丸大柏崎店編集

イトーヨーカドー丸大長岡店編集

丸大長岡店編集

類似名称の会社との関係編集

食肉(ハム・ソーセージ)大手の丸大食品沖縄県に本社を置く同名のスーパーマーケットである丸大秋田県に本社を置く同音異字の社名のスーパーマーケットマルダイとは全く無関係である。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ イトーヨーカドー新潟木戸店の閉店後は後継テナントが無いまま所有者が経営破綻し、長らく空き物件となっていたが、のちに新潟市が取得し、2011年9月20日に東区役所や公民館施設、民間テナントを内包する「東区プラザ」としてオープンした。
  2. ^ a b ギャラリー参照

出典(新聞記事)編集

  1. ^ “「新潟ウィズ」取り壊しへ”. 新潟日報 (新潟日報社). (2010年6月22日) 
  2. ^ a b c d e f g h “プライス丸大 8月末閉店”. 新潟日報 (新潟日報社). (2000年7月1日) 
  3. ^ “テナント撤退続き娯楽主体に転換、丸専”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (1998年7月22日) 
  4. ^ a b “新潟)ヨーカドー丸大が撤退 柏崎駅前商店、住民に不安:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. https://www.asahi.com/articles/ASL8F6D1YL8FUOHB00L.html 2018年8月19日閲覧。 
  5. ^ a b “新潟県のヨーカドー丸大長岡店が閉店へ” (日本語). 日本経済新聞 電子版. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34846790R30C18A8L21000/ 2018年9月1日閲覧。 
  6. ^ イトーヨーカドー丸大長岡店閉店へ 2019年2月までに、売り上げ不振が理由か”. archive.li. 新潟日報 (2018年8月31日). 2019年6月1日閲覧。
  7. ^ a b ヨーカドー丸大長岡店 閉店は来年2月11日|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア”. archive.li (2018年12月30日). 2018年12月30日閲覧。
  8. ^ 上越タウンジャーナル「イトーヨーカドー直江津店が来年5月めどに閉店へ|上越タウンジャーナル」『』。2018年11月12日閲覧。
  9. ^ “イトーヨーカ堂、ネットスーパー・サービスを新潟全4店で展開”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2013年7月8日)
  10. ^ a b “「丸大」オープン戦争に突入”. 越後タイムス (越後タイムス社). (1981年4月26日)
  11. ^ ヨーカドー柏崎店が8月に閉店へ 老朽化と売上減が理由か”. archive.li. 新潟日報 (2018年3月15日). 2019年6月1日閲覧。
  12. ^ イトーヨーカドー丸大柏崎店が閉店 建物は解体の方針、跡地利用は未定”. www.niigata-nippo.co.jp. 新潟日報 (2018年8月19日). 2019年6月1日閲覧。
  13. ^ “丸大柏崎、全館オープン”. 越後タイムス (越後タイムス社). (1986年10月5日)
  14. ^ イトーヨーカドー丸大長岡店、2月11日閉店 :日本経済新聞”. archive.vn (2019年1月5日). 2019年1月5日閲覧。
  15. ^ 地元を含む5社グループが購入 2月閉店のイトーヨーカドー丸大長岡店の土地と建物|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア”. archive.ph (2019年1月8日). 2019年1月8日閲覧。
  16. ^ “「丸大ストア」そのまま”. 越後タイムス (越後タイムス社). (1981年4月5日)
  17. ^ “東本町2丁目の丸大ストアが閉店”. 越後タイムス (越後タイムス社). (1981年8月30日)
  18. ^ “4日で33万人、地元が9割 富山の「フェリオ祭り」を検証”. 富山新聞 (富山新聞社). (2007年9月25日)

出典(行政)編集

出典(その他)編集

  1. ^ a b 株式会社セブン&アイ・ホールディングス 第6期有価証券報告書 (Report). セブン&アイ・ホールディングス. (2011-5-27). 
  2. ^ a b c 株式会社丸大 第68期決算公告
  3. ^ a b c d 『新潟県史別編1』新潟県、1989年。
  4. ^ a b c d e f 『伏木海陸運送株式会社40年史』 伏木海陸運送、1984年9月。
  5. ^ a b c d e 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月。
  6. ^ a b c 山下剛 『決定版イトーヨーカ堂のすべて 人とシステムの調和を求めて』 国際商業出版、1978年9月。
  7. ^ イトーヨーカドー丸大柏崎店、8月19日閉店-37年の歴史に幕 | 都市商業研究所” (日本語). 2019年1月15日閲覧。
  8. ^ a b 株式会社セブン&アイ・ホールディングス 第3期有価証券報告書 (Report). セブン&アイ・ホールディングス. (2008-5-26). 
  9. ^ 株式会社セブン&アイ・ホールディングス 第2期有価証券報告書 (Report). セブン&アイ・ホールディングス. (2007-5-25). 
  10. ^ イトーヨーカドー丸大長岡店、2019年2月までの閉店検討-丸大本店、67年の歴史に幕へ | 都市商業研究所” (日本語). toshoken.com. 2018年8月31日閲覧。
  11. ^ 店舗情報:イトーヨーカドー丸大柏崎店 - WayBack Machineによるアーカイブ
  12. ^ a b 店舗情報:イトーヨーカドー丸大長岡店:店舗のご案内 - WayBack Machineによるアーカイブ
  13. ^ 杉村暢二 『都市の商業 その地誌的考察』 大明堂、1978年3月。ISBN 978-4470060054
  14. ^ 店舗情報:イトーヨーカドー丸大新潟店:店舗のご案内 - 2018年10月25日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集