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乙坂・ルーセロ・智・ニコラス(おとさか ルーセロ とも ニコラス、英語:Otosaka Rousselot Tomo Nicholas, 1994年1月6日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手外野手)。愛称はニコ[2]

乙坂 智
横浜DeNAベイスターズ #33
乙坂智2017-10-24.jpg
2017年10月24日 マツダスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市栄区福井県福井市生まれ)
生年月日 (1994-01-06) 1994年1月6日(25歳)
身長
体重
182 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2011年 ドラフト5位
初出場 2014年5月26日
年俸 2,400万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

目次

経歴編集

プロ入り前編集

アイスホッケー選手だったアメリカ人の父と、日本人の母との間に出生[3]。小学1年時から野球を始めると、横浜市立庄戸中学校への進学後に中本牧シニアへ所属した。

2009年横浜高校に入学し、硬式野球部で1年生の秋からレギュラーとなる。なお、同期に近藤健介(現日本ハム)がいた。1番打者だった2年春には打撃不振に陥り30打席無安打も記録したが監督の渡辺元智は起用を続け[4]、渡辺の助言に従って広角打法を取り入れて7番・中堅手として臨んだ夏の県大会では準々決勝で4安打5打点を挙げるなど[5]、準決勝までに27打数14安打の成績を残した[6]。決勝戦では一二三慎太(のち阪神)を擁する東海大相模に敗れたが、悔しさをバネに練習を積んで再戦した秋の県大会決勝では5打数3安打4打点の活躍でチームも雪辱を果たした[4]

3年春の第83回選抜高等学校野球大会で初戦で敗れると、渡辺に指名され近藤に替わって主将に就任した[7]。自分のプレーよりもチームの雰囲気などを重視するようになり、県大会の2戦目の横浜商業戦でヘッドスライディングをした際に中指を突き指し、渡辺からヘッドスライディングを禁止されていたがチームを鼓舞する為に続け[7]、春夏連続となる第93回全国高等学校野球選手権大会への出場を果たしている。本大会では3回戦で青山大紀擁する奈良の智弁学園に敗退したが、9打数4安打と勝負強さを発揮した[3]

2011年のNPBドラフト会議で、横浜ベイスターズから5巡目で指名。契約金2,000万円、年俸480万円(金額は推定)という条件で入団した[8]。背番号は33

プロ入り後編集

2012年には、イースタン・リーグ公式戦74試合に出場。打率.251、13打点、9盗塁という成績を残した。

2013年には、6月19日北海道日本ハムファイターズとのイースタン・リーグ公式戦で、審判への侮辱行為によって退場処分を受けた。さらに、NPBのコミッショナーから、厳重注意と罰金5万円の処分を科せられた[9]。この年までは、一軍公式戦への出場機会がなかった。

2014年には、イースタン・リーグ公式戦の序盤で4本塁打を記録するほどの好調を買われて[10]と、5月26日の対オリックスバファローズ戦(横浜スタジアム)8回裏に代走で一軍公式戦にデビュー。5月31日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)では、9回表に代打で一軍初打席を迎えると、NPBの一軍公式戦では史上57人目の初打席初本塁打益田直也から記録した[11]。この本塁打で一軍初打点も記録したが、一軍公式戦への出場は通算6試合にとどまった。

2015年には、5月4日東京ヤクルトスワローズとのイースタン・リーグ公式戦(横須賀スタジアム)で打者として一塁へ走り込んだ際に、ヤクルトの一塁手松元ユウイチと交錯。そのまま一塁キャンバスに倒れ込むと、意識不明の状態で、急遽病院へ搬送された。その後は大事に至らず、7月20日にシーズン2度目の出場選手登録。8月に中堅手として一軍のレギュラーに定着したが、荒波翔がスタメンに起用されるようになった9月以降は、代打・代走・守備要員に転じた。一軍公式戦全体では、52試合へ出場するとともに、右翼・中堅・左翼方向へ本塁打を1本ずつ打ち分けた。

2016年には、4月5日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、5月後半までは、対戦投手の左右によって右打者の桑原将志と併用された。桑原が正中堅手に定着した6月以降は、主に代打で起用。代打では、4月22日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(東京ドーム)9回表にクローザー澤村拓一から同点本塁打を放ったほか、レギュラーシーズン通算で.345という高打率を残した。7月23日に登録を抹消されてからは一軍に復帰できなかったが、ポストシーズン期間中からメキシコで開催された第1回WBSC U-23ワールドカップに、日本代表[12]として出場。チームを優勝に導いた[13]

2017年には、プロ入り後初めての開幕一軍入りを果たしたが、5月22日に出場選手登録を抹消。6月16日に再び登録されると、8月26日の対ヤクルト戦(神宮)9回表に一軍公式戦でのシーズン初本塁打を代打で放った[14]。レギュラーシーズン全体では一軍公式戦83試合に出場したが、打率.190、2本塁打と低迷。スタメン出場の機会はなく、代打成績も57試合で打率.148にとどまった。しかし、チームのレギュラーシーズン3位で迎えたクライマックスシリーズ(CS)では、代打の切り札としてチームの勝利に貢献。阪神とのファーストステージ第2戦(10月15日)で3点本塁打、広島とのファイナルステージ第2戦(19日)で2点適時打を放ったことによって、同一シーズンのプレーオフおよびCSにおける代打での最多打点記録(5打点)を樹立した[15]。このような勝負強さを買われて、福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでは、10月28日の第1戦で「8番・指名打者」としてスタメンに抜擢。翌29日の第2戦(いずれも福岡ヤフオク!ドーム)以降は代打で4試合に出場したが、通算8打数無安打でシリーズを終えた。シリーズ終了直後の11月9日から12月中旬までは、メキシコウィンターリーグであるリーガ・メヒカーナ・デル・パシフィコに単身で参加。ヤキス・デ・オブレゴンの一員[16]として、27試合に出場した。リーグ戦では規定打席を満たさなかったものの、この年のNPBレギュラーシーズン一軍公式戦を上回る115打席に立つと、リーグの首位打者を上回る打率.410、OPS.967、8試合連続安打などの好成績を残した[17]

選手としての特徴編集

 
バッティングフォーム 2014年8月17日 横須賀スタジアムにて

50メートル走5秒9の俊足など身体能力が高く、広角打法が評価されている[3]

人物編集

乙坂」という苗字は、日本国内で169軒にしか確認されないほど珍しいとされている[18]が、DeNAへの入団当時の球団職員(管理栄養士調理師)に同姓の人物がいた。そのため、合宿所の施設見学で初めて対面した際に名刺を渡された際には、お互いにテンションが上がったという[19]

2017年のメキシコ・ウインターリーグ参加については、乙坂自身が受け入れ先を探したうえで、球団へ直訴した末に実現した。派遣先のヤキス・デ・オブレゴンでは、MLBオリックス・バファローズ内野手だったランドール・サイモン打撃コーチ(リーグ戦の途中で退団)へ自ら指導を依頼。チームはリーグ戦を最下位で終えたものの、乙坂は最初にスタメンへ起用された試合で3安打を放ったことを機に、MLBやNPBでのプレーを経験したリーグ関係者の目を見張るほどの活躍を見せた[20]。乙坂自身はメキシコの公用語であるスペイン語をほとんど話せず、日本シリーズへ出場した関係でリーグ戦の途中から単身で参加したため、チームへ早く馴染むつもりで合流直後から鉢巻姿を披露。その姿がチームの同僚やファンに歓迎されたばかりか、リーグ戦の途中から鉢巻が乙坂の公式グッズとして発売されるほどの人気を博した[21]

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
2014 DeNA 6 2 2 2 1 0 0 1 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .500 .500 2.000 2.500
2015 52 138 124 11 28 1 2 3 42 10 2 3 4 1 9 0 0 25 0 .226 .276 .339 .615
2016 55 124 115 12 31 9 0 1 43 8 3 0 1 0 7 0 1 28 2 .270 .317 .374 .691
2017 83 66 63 7 12 3 0 2 21 3 0 0 1 0 1 0 1 13 0 .190 .215 .333 .549
2018 73 109 93 16 19 2 0 0 21 7 3 3 2 2 12 1 0 22 0 .204 .290 .226 .516
NPB:5年 269 439 397 48 91 15 2 7 131 29 8 6 8 3 29 1 2 88 2 .229 .283 .330 .613
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績編集



外野












2014 DeNA 1 1 0 0 0 1.000
2015 40 53 4 0 0 1.000
2016 34 53 2 1 1 .982
2017 31 12 0 0 0 1.000
2018 45 37 0 0 0 1.000
通算:5年 151 156 6 1 1 .994
  • 2018年度シーズン終了時

記録編集

背番号編集

  • 33 (2012年 - )
  • 3 (2016 WBSC U-23ワールドカップ日本代表)

登場曲編集

代表歴編集

脚注編集

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球. サンスポ. 2019年1月11日閲覧。
  2. ^ 梶谷V弾!1本勝ち“悪夢”払しょく夢心地3号スポーツニッポン2016年5月19日配信
  3. ^ a b c スポーツナビ|プロ野球|ドラフト会議2011|選手プロフィール”. スポーツナビ. 2011年10月30日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年2月28日閲覧。
  4. ^ a b 読売新聞、2011年3月19日付朝刊、神奈川地方面
  5. ^ 朝日新聞、2010年7月26日付朝刊、神奈川地方面
  6. ^ 朝日新聞、2010年7月29日付朝刊、神奈川地方面
  7. ^ a b 朝日新聞、2011年7月30日付朝刊、神奈川地方面
  8. ^ 朝日新聞、2011年11月18日付朝刊、P.22
  9. ^ DeNA乙坂に厳重注意と制裁金5万円スポーツニッポン2013年6月21日配信
  10. ^ 絶好調のDeNA乙坂が初の1軍昇格デイリースポーツ5月26日配信
  11. ^ DeNA乙坂 史上57人目プロ初打席初本塁打 横浜高出身の20歳スポーツニッポン2014年5月31日配信
  12. ^ “「第1回 WBSC U-23ベースボールワールドカップ」に出場する侍ジャパンU-23代表選手が決定”. 野球日本代表オフィシャルサイト. (2016年10月12日). http://www.japan-baseball.jp/jp/news/press/20161012_2.html 2016年10月12日閲覧。 
  13. ^ No. 1 Japan crowned World Champions, defeat No. 15 Australia in Final of WBSC U-23 Baseball World Cup WBSC | World Baseball Softball Confederation (英語) (2016年11月6日) 2016年11月7日閲覧
  14. ^ DeNA・乙坂、今季1号も連勝ストップ…2位・阪神と3・5差にサンケイスポーツ2017年8月27日配信
  15. ^ また打ったDeNA乙坂!代打で5打点目CS新記録日刊スポーツ2017年10月20日配信
  16. ^ DeNA乙坂、メキシコ武者修行へ ウインターリーグ参加自ら申し出スポーツニッポン2017年11月6日配信
  17. ^ DeNA乙坂「勉強になった」 メキシコWLで打率.410、ファン総立ちで別れFullCount2017年12月16日配信
  18. ^ 参照:姓名分布&姓名ランキング%20写録宝夢巣
  19. ^ 横浜DeNAベイスターズ公式モバイルサイト『ベイスターズ速報』、『OTOちゃんの素敵レシピ』第49回より
  20. ^ 週刊ベースボール』2018年2月12日・19日合併号pp.30 - 33「野球浪漫 2018年に翔る」
  21. ^ DeNA乙坂メキシコで浴びた洗礼「そこをどけ」日刊スポーツ2017年12月28日配信

関連項目編集

外部リンク編集