乱波(らっぱ)とは、三浦浄心の『北条五代記』(寛永18年・1641年刊)に用例のある、戦国大名に扶持(雇用)されて、他国に忍び入り、夜討ちなどをする集団である。風魔は乱波の大将として知られた。

少し時代が下って、元禄年間の『奥羽永慶軍記』の佐竹北条合戦の話にも用例がある[1]

19世紀初の『武家名目抄』は、透波(すっぱ)と乱波の違いについて、密かに活動するものを「透波」、騒がしく動静が整わないものを「乱波」と呼ぶと解釈しながら、同じ意味とも解釈し、関東では「乱波」、甲斐以西では「透波」という地理的な使い分けがあった、とも解釈している。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 中沢巠夫「江戸を震撼させた風魔一党」『特集人物往来』3(4)、人物往来社、1958年12月、102-108頁

参考文献編集

  • 三浦浄心『北条五代記』
  • 『武家名目抄』
  • 中沢巠夫「江戸を震撼させた風魔一党」『特集人物往来』3(4)、人物往来社、1958年12月、102-108頁