二宮町

日本の神奈川県中郡の町

二宮町(にのみやまち)は、神奈川県湘南地域西部に位置し、中郡に属する

にのみやまち ウィキデータを編集
二宮町
町名の由来となった川勾神社
二宮町旗 二宮町章
二宮町旗 二宮町章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 神奈川県
中郡
市町村コード 14342-1
法人番号 2000020143421 ウィキデータを編集
面積 9.08km2
総人口 26,873[編集]
推計人口、2024年3月1日)
人口密度 2,960人/km2
隣接自治体 小田原市平塚市、中郡大磯町足柄上郡中井町
町の木 ツバキ
町の花 カンナ
町の鳥 ヤマガラ(2010年制定)
二宮町役場
町長 村田邦子
所在地 259-0196
神奈川県中郡二宮町二宮961番地
北緯35度17分58秒 東経139度15分20秒 / 北緯35.29953度 東経139.25553度 / 35.29953; 139.25553座標: 北緯35度17分58秒 東経139度15分20秒 / 北緯35.29953度 東経139.25553度 / 35.29953; 139.25553
二宮町役場
地図
町役場位置
外部リンク 公式ウェブサイト

二宮町位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキプロジェクト
テンプレートを表示

町名は相模国の二宮である川勾神社があることに因む。

古くから「長寿の里」として知られる[1]

地理 編集

南は相模湾に面し、海岸線と平行するように西湘バイパス国道1号東海道)・東海道本線が東西に横断する。北部は大磯丘陵(大磯地塊)とよばれるなだらかな丘陵地が東西に伸びており、この間を小田原厚木道路が通っている。町の中央部を葛川が、西部を中村川(河口付近では押切川)が流れている。

町の名前は、町内にある川勾神社が「相模国二之宮」であることに由来する。行政区域では湘南に属しているが、市町村合併、ごみ処理広域化などで合意に至らないことも多い。

1964年開通の太平洋横断海底ケーブルの、グアム - 日本線の終端陸揚地として、二宮中継所が置かれた。この海底ケーブル(電話換算で128回線分)の運用開始により、日米間の即時通話が可能になった。現在は光ファイバーケーブルに更新している。旧来のケーブルは1990年に運用を終了したが、現在は東京大学地震研究所に譲渡され、地震予知やプレートテクトニクスなどの研究に用いられている。相模トラフ沿いで発生すると考えられている巨大地震に対し対策が検討されている。2015年3月「津波浸水想定検討部会」は将来的な津波浸水予測を発表し、二宮町で17.1mの津波が襲う可能性を指摘し、ハザードマップの見直しが図られている[2]

郵便番号は以下の通りとなっている。二宮郵便局:259-01xx、255-00xx、255-85xx、255-86xx、255-87xx。

人口 編集

 
二宮町と全国の年齢別人口分布(2005年) 二宮町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 二宮町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性

二宮町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


歴史 編集

  • 1889年(明治22年)4月 一色村・川匂村・中里村・二宮村・山西村が合併して吾妻村(あづまむら)となる。
  • 1935年(昭和10年)11月 町制施行と同時に改称し二宮町となる。(11月3日は町制記念日となっている)
  • 2002年(平成14年)1月 「湘南市研究会」に参加(翌2003年5月26日解散)[3]

行政 編集

  • 町長:村田邦子(2014年11月30日就任、2期目)

歴代首長 編集

氏名 在任期間
初代 杉崎源蔵 1935年 - 1939年
2 小林善太郎 1939年 - 1941年
3 川上一郎 1941年 - 1945年
4 古澤鎮男 1945年 - 1947年
5 柳川菊太郎 1947年 - 1951年
6 池田計次郎 1951年 - 1952年
7 市川佐太郎 1952年 - 1955年
8-9 西山喜八郎 1955年 - 1962年
10-11 古澤新 1962年 - 1970年
12-16 柳川賢二 1970年 - 1990年
17-18 西山喜徳郎 1990年 - 1998年
19-20 古澤吉郎 1998年 - 2006年
21-22 坂本孝也 2006年 - 2014年
23 村田邦子 2014年 -

地区 編集

  • 二宮(にのみや) - 旧二宮村
  • 中里(なかざと) - 旧中里村
  • 一色(いしき) - 旧一色村
    • 緑が丘(みどりがおか) - ニュータウン
    • 百合が丘(ゆりがおか) - ニュータウン
  • 山西(やまにし) - 旧山西村
  • 川匂(かわわ) - 旧川匂村

議会 編集

町議会 編集

  • 定数:14名
  • 任期:2014年(平成26年)11月30日~2018年(平成30年)11月29日[4]
  • 議長:添田孝司(無所属
  • 副議長:根岸ゆき子(無所属)
所属政党 議席数 議員名
無所属 11 根岸ゆき子、前田憲一郎、桑原英俊、杉崎俊雄、善波宣雄、露木佳代、
野地洋正、小笠原陶子、栁川駅司、二見泰弘、添田孝司
公明党 1 二宮節子
日本共産党 1 渡辺訓任
神奈川ネットワーク運動 1 一石洋子

神奈川県議会 編集

2023年神奈川県議会議員選挙
  • 選挙区:大磯町・二宮町選挙区
  • 定数:1人
  • 執行日:2023年4月9日
  • 当日有権者数:51,349人
  • 投票率:40.78%
候補者名 当落 年齢 党派名 新旧別 得票数
吉川諭 40 無所属 10,481票
盛宏明 38 自由民主党 9,941票
2019年神奈川県議会議員選挙
  • 選挙区:大磯町・二宮町選挙区
  • 定数:1人
  • 任期:2019年4月30日 - 2023年4月29日
  • 執行日:2019年4月7日
候補者名 当落 年齢 所属党派 新旧別 得票数 備考
池田東一郎 57 無所属 無投票 2022年11月18日に辞職

衆議院 編集

当落 候補者名 年齢 所属党派 新旧別 得票数 重複
河野太郎 58 自由民主党 210,515票
佐々木克己 66 社会民主党 46,312票
渡辺麻里子 45 NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で 8,565票

経済 編集

産業 編集

1872年(明治5年)、二見庄兵衛が外国人からラッカセイ種子を入手し、試作した。明治15年、この匍匐性落花生から立落花生を選別した。[5]
2004年、まだ関東地域でも誰もオリーブを栽培していない頃、濱田治雄が30本の苗木を植えたことからオリーブ栽培が始まった。[6]

教育 編集

学校教育 編集

町立のすべての小中学校において学校給食が実施されている。

小学校 編集

中学校 編集

高等学校 編集

社会教育 編集

ホール・集会場 編集

  • ラディアン(生涯学習センター)
  • ふるさとの家

図書館 編集

博物館 編集

美術館 編集

公民館 編集

  • 二宮町公民館

体育施設 編集

交通 編集

鉄道路線 編集

東日本旅客鉄道(JR東日本)
 
東海道線上野東京ライン  湘南新宿ライン

バス路線 編集

  • 神奈川中央交通西(神奈川中央交通)
    • 二宮駅(北口・南口) - 団地中央のバス停を中心にバス網が構成されている。
  • 二宮町コミュニティバス
    • 平日の昼間に町内を巡回するコースで運行されている。神奈川中央交通西が運行。

道路 編集

有料道路 編集

但し、二宮IC・大磯IC間は、料金所を通らないため、料金は不要となる。
但し、大磯西ICから下り方面に行く場合は、西湘二宮ICと橘ICへの出口が無く、橘料金所を過ぎないとバイパスから出られないため有料となるが、橘料金所を過ぎてからバイパスに入れる橘ICからの上り方面は、各ICから出ることができる。つまり、橘ICから大磯(東・港・西)ICの上り区間は無料となる。

一般国道 編集

都道府県道 編集

不祥事 編集

30年以上に渡る残業代の部分的未払い 編集

2018年9月18日、町は30年以上前からある一定時間を超えた残業時間に対して残業代を払ってこなかったことを明らかにした[8]

時間外手当を月20時間、年240時間を上限とし、それを超える部分において遅くとも1987年から支払ってこなかったという。

記録が残っている部分だけで、過去五年間で延べ449人に約1億1330万円が支給されなかった[9]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 編集

  • 川勾神社 - 二宮町の名の由来。
  • 吾妻神社
  • 吾妻山公園 - 古墳時代後期から奈良時代に造られた横穴墓群。鉄砲田、大日ヶ窪、鶴巻田、八重久保、谷戸入、倉上、古屋敷古墳群が現存する。大日ヶ窪古墳群は、緑が丘地区が造成されたときに、保存状態が良いものを残し、潰された。現在は、古墳公園として、その跡地を残している。
  • 神奈川園芸試験場跡 - 湘南レッドなどが開発された。現在その土地は生涯学習センター、果樹公園となっている。
  • 徳富蘇峰記念館 - 蘇峰の秘書塩崎彦市が、昭和44年に自宅敷地内に建設したもの。蘇峰宛の書簡約4万6千通、『近世日本国民史』『蘇峰自伝』など蘇峰の著作を中心とした図書約1万点などを所蔵している。
  • せせらぎ公園 - 「かながわ花の名所100選」に選出されている。

出身者・在住者 編集

出身者 編集

在住者 編集

過去に在住していた人を含む。

戦時中に二宮町に疎開した人 編集

二宮町を舞台にした作品 編集

 
『富嶽三十六景』より『相州梅沢左』
海岸の小さな町の駅に下りて、彼は、しばらくものめずらしげにあたりを眺めていた。駅前の風景はすっかり変っていた。突然、彼は化石のように足をとめた。青々とした葉を波うたせたひろい芋畑の向うに、一列になって、喪服を着た人びとの小さな葬列が動いている。… — 山川方夫『夏の葬列』1955年の冒頭部分[11]
秋の朝だ。私はいま二宮の町を歩いている。私は、まず郵便物を局に持って行き、それから妻の好きな無花果をいくつか八百屋で買い、ついでに薬屋で、ほとんど中毒しかけているアンプル入りの風邪薬を買い、その帰りに、じつはこれはまだ妻の許可を得てはいないが、本屋で『鉄腕アトム』の最新号を買ってくるつもりでいる。… — 『最初の秋』冒頭部分[12]

脚注 編集

  1. ^ 佐藤紀男「促成イチゴ新品種‘紅寿'について」(PDF)『神奈川県園芸試験場研究報告』第33号、神奈川県園芸試験場、1986年、14-17頁、ISSN 03748731 
  2. ^ 「神奈川県が津波浸水予測 大磯、二宮で最大17メートル 到達時間、大幅に早まる」『産経新聞』2015.03.04
  3. ^ 湘南市研究会|藤沢市
  4. ^ 任期満了日 神奈川県
  5. ^ 相州二宮落花生ヒストリー 二宮町商工会
  6. ^ 湘南オリーブヒストリー 二宮町商工会
  7. ^ [1]
  8. ^ “二宮町、時間外手当の一部を30年以上支払わず 神奈川:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. https://www.asahi.com/articles/ASL9L524ZL9LULOB01Q.html 2018年9月21日閲覧。 
  9. ^ “二宮町、時間外を一部未支給 30年以上、上限設ける” (日本語). 東京新聞 TOKYO Web. http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201809/CK2018091902000141.html 2018年9月21日閲覧。 
  10. ^ 柴野(しばの) 拓美(たくみ)氏を偲んで (SF作家、翻訳家、評論家)”. 二宮町図書館. 2023年12月20日閲覧。
  11. ^ a b 「海岸の小さな町の駅」は二宮駅を指す。出典は『文芸作品に描かれた西さがみ』西さがみ文芸愛好会、2008年。pp.118-121.
  12. ^ a b 『文学の中の神奈川』神奈川県県民部広報課、1991年。pp.194-195.

外部リンク 編集