于勒(うろく、生没年不詳)は、大伽耶国の楽師。高霊出身。伽耶琴の生みの親として知られる。

于勒
各種表記
ハングル 우륵
漢字 于勒
発音: ウルク
日本語読み: うろく
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生涯 編集

三国史記』によれば、6世紀の大伽耶の嘉悉王の命を受け、中国のを模して伽倻琴を発案し、十二弦琴を作曲した。

新羅真興王によって伽耶が併合された562年ころ、国原(忠州)に移り住み、琴・歌・舞を教えたという。のち伽倻琴は宮廷音楽に採用され、新羅楽のなかで栄えて多くの楽曲を生み、日本の宮中にも伝来した。忠州には琴休浦と弾琴台の地名が残っている。

参考文献 編集

  • 「世界大百科事典」 平凡社 2007年
  • 「アジア人物史 2」 集英社 2023年