井上 正棠(いのうえ まさき、宝暦3年(1753年) - 寛政12年7月4日1800年8月23日))は、江戸時代後期の大名。常陸下妻藩の第5代藩主。遠江浜松藩主・井上正経(浜松藩井上家)の四男で、下妻藩主井上正意の養子となる。子は正広(長男)、正建(次男)。官位は従五位下、遠江守、石見守。

幼名は橘之助。天明4年(1784年)、先代の正意の死去により、養子の正棠が跡を継ぐ。寛政元年(1789年)3月14日、家督を長男の正広に譲って隠居し、寛政12年(1800年)7月4日に48歳で死去した。墓所は東京都台東区谷中霊園