井上 正誠(いのうえ まさよし)は、江戸時代後期の大名常陸下妻藩11代藩主。

 
井上正誠
時代 江戸時代後期
生誕 天保5年(1834年
死没 嘉永5年6月28日1852年8月13日
改名 鏸之助(幼名)→正誠
戒名 徳成院殿昇竜日洞大居士
墓所 東京都台東区谷中谷中霊園
官位 従五位下、遠江守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家慶
常陸下妻藩
氏族 青山氏三河井上氏
父母 父:青山忠良、養父:井上正健
兄弟 青山忠敏成瀬正肥正誠大関増徳
青山忠誠青山忠惇太田資功正室、
銑姫、郁子、板倉勝運正室、
土井利与正室、佐竹義堯継々室ら
正室:井上正健の娘
養子:井上正信
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生涯編集

天保5年(1834年)、丹波篠山藩5代藩主・青山忠良の四男として誕生[1]。母は不詳。

弘化2年9月21日(1845年10月21日)、下妻藩主・井上正健の死去によりその婿養子となって跡を継いだ[1]嘉永2年9月1日(1849年10月16日)、12代将軍徳川家慶に拝謁する。同年12月16日、従五位下・遠江守に叙任する。

嘉永5年6月28日[1]1852年8月13日、6月17日とも)、死去。享年19。養子の正信井上正春の六男)が家督を継いだ。

血筋編集

出典編集

  1. ^ a b c デジタル版 日本人名大辞典+Plus. “井上正誠” (日本語). コトバンク. 2020年7月19日閲覧。