メインメニューを開く

井田 (川崎市)

神奈川県川崎市中原区の町名

井田(いだ)は、神奈川県川崎市中原区町名。現行行政地名は井田一丁目から井田三丁目で、1996年(平成8年)11月18日住居表示が施行されている[5]郵便番号は211-0035[3]。面積は全域で66.57haである[1]

井田
井田の位置(神奈川県内)
井田
井田
井田の位置
北緯35度33分43.65秒 東経139度38分44.6秒 / 北緯35.5621250度 東経139.645722度 / 35.5621250; 139.645722
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Kanagawa Prefecture.svg 神奈川県
市町村 Flag of Kawasaki, Kanagawa.svg 川崎市
中原区
面積
 • 合計 0.666km2
人口
2017年(平成29年)12月31日現在)[2]
 • 合計 8,530人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
211-0035[3]
市外局番 044 (川崎MA)[4]
ナンバープレート 川崎

なお、「井田」を冠した町(井田中ノ町井田杉山町井田三舞町)が井田の近隣にあるが、これらは井田から分離されて設置された(後述)。

地理編集

中原区の西南部にあり、矢上川が域内を南東方向へ流れている[6]。南部は区内で唯一の丘陵地帯となっており[6]、「井田山」と通称される[7]。土地利用としては住宅地となっているが、井田山には雑木林や野菜畑なども残っている[8]ほか、神奈川県立中原養護学校川崎市立井田病院などの福祉施設も立ち並んでいる。

井田は北端で神奈川県道14号鶴見溝ノ口線尻手黒川道路)を概ねの境界として井田中ノ町に接し、東端では木月に接する。南端では横浜市港北区日吉下田町に接し、西端では高津区蟹ケ谷明津に接する(特記のない町域は川崎市中原区)。

地価編集

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、井田1-34-48の地点で28万1000円/m2となっている。[9]

歴史編集

当地には縄文時代から人が居住していて、祭祀の跡などを含む東神庭遺跡が発掘された[10]平安末期に当地は九条兼実荘園である稲毛本庄の一部であったと考えられており、その検注目録に、「井田郷鎮守」の除田が計上されている[7]戦国時代には後北条氏の支配下に入り、北条被官・中田加賀守の居城「井田城」があったとの伝えがある[11]徳川家康江戸入府後には幕府の支配下となり[12]、村の境界も定まった[6]

江戸時代初期には当地は旗本である八木氏・加藤氏・鈴木氏・高林氏・倉橋氏の五給の地となっていたが、元禄10年時点では一部が天領となり、残りは加藤氏・鈴木氏・新見氏・倉橋氏の知行となっており、これが幕末まで続いた[13]。「新編武蔵風土記稿」では橘樹郡稲毛領井田村、家数96軒[14]。石は、正保年間の「武蔵田園簿」で423あまり、「元禄郷帳」では446石あまり、「天保郷帳」でが528石あまり、幕末の「旧高旧領取調帳」では541石あまりと推移していた[13]二ヶ領用水の分流である井田堀が当地を潤しており[10]、農地としては水田が多く陸田は少なかったが[6]の栽培も行われていた[13][14]

明治以降は醤油素麺の生産、の栽培も行われるようになったが、当地は農地として推移した[10]。行政上は町村制の施行に合わせて住吉村が成立し、その後合併で中原町となったが、川崎市へと編入された。また、耕地整理も行われ、井田中ノ町、井田杉山町、井田三舞町の3町が分立した[15]矢上川の氾濫も問題となり、改修が行われた堤防に桜が植えられ、「井田堤の桜」として親しまれた(のちに伐採された)[10]

戦後は1952年(昭和27年)から分譲が行われて宅地化が進行していき[13]、また井田山には川崎市立井田病院神奈川県立中原養護学校といった福祉施設や、新日本製鐵の研究所や微生物化学研究会日吉支所といった研究施設が立ち並ぶようになった[15]。なお、新日鉄の研究所跡地はさくらが丘として宅地化されている。

地名の由来編集

「新編武蔵風土記稿」は「昔井田摂津守某と云人の塁ありし故に地名起れりと云」と伝える[14]が、「井」が灌漑施設を意味するとも[10]、古代中国の井田制のような区割りをされた条里制にちなむものとも考えられている[7]。いずれにしろ、平安末期にはすでに「井田」の名が見られる[6]

町域の新旧対照編集

井田で住居表示が施行される前のは、以下のようになっていた[16]。 なお、特記のない字はその一部が現町丁に含まれている。

現町丁 住居表示施行前の字
井田一丁目 井田字久保田の全部、井田字東、字山下、字和田、字辻ケ下
井田二丁目 井田字台の全部、井田字山下、字和田、字平台、字伊勢宮前
井田三丁目 井田字伊勢台、字中原通、字中原の各全部、井田字辻ケ下、字平台

また、この住居表示と同時に、井田字東の一部が井田中ノ町(井田と同時に住居表示を施行)へ、井田字鎗ヶ崎の全部が蟹ケ谷字池ノ里へ編入されている[16]

沿革編集

世帯数と人口編集

2017年(平成29年)12月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
井田一丁目 1,552世帯 3,138人
井田二丁目 1,162世帯 2,316人
井田三丁目 1,295世帯 3,076人
4,009世帯 8,530人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[18][19]

丁目 番地 小学校 中学校
井田一丁目 全域 川崎市立井田小学校 川崎市立井田中学校
井田二丁目 全域
井田三丁目 全域

交通編集

路線バス編集

隣接する高津区明津川崎市バス井田営業所があること、また市立井田病院があることもあり、元住吉駅新城駅小杉駅宮前平駅川崎駅など各方面からバスが運行されている。

道路編集

施設編集

関連項目編集

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ a b 町丁別面積(総務省統計局「地図で見る統計(統計GIS)」の数値)”. 川崎市 (2015年10月26日). 2018年2月15日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口”. 川崎市 (2018年1月25日). 2018年2月15日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年2月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年2月15日閲覧。
  5. ^ 区別町名一覧表(中原区)”. 川崎市 (2016年2月16日). 2016年6月15日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2017年8月2日閲覧。
  6. ^ a b c d e f 川崎の町名』、P143。
  7. ^ a b c 川崎地名辞典(上)』、P233。
  8. ^ a b 川崎の町名』、P145。
  9. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  10. ^ a b c d e f g 川崎の町名』、P144。
  11. ^ 大類 伸 1967 『日本城郭全集』第4集 pp.80
  12. ^ a b c d e f 川崎地名辞典(上)』、P234。
  13. ^ a b c d e f 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』、P112-113。
  14. ^ a b c 新編武蔵風土記稿.
  15. ^ a b c d e 川崎地名辞典(上)』、P235。
  16. ^ a b 住居表示新旧対照案内図 No.67 中原区井田1, 2, 3丁目、井田三舞町、井田杉山町、井田中ノ町 川崎市、1996年。
  17. ^ 「大字及字区域変更」(昭和13年5月31日神奈川県公報pp.37-62)
  18. ^ 川崎市立小学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。
  19. ^ 川崎市立中学校の通学区域”. 川崎市 (2015年4月1日). 2018年2月15日閲覧。

参考文献編集

  • 『川崎の町名』日本地名研究所 編、川崎市、1995年。
  • 『川崎地名辞典(上)』日本地名研究所 編、川崎市、2004年。
  • 角川日本地名大辞典 14 神奈川県』角川書店、1984年。
  • 「井田村」『新編武蔵風土記稿』巻ノ63橘樹郡ノ6、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763984/11