メインメニューを開く
一般路線車(1998年撮影)

京都交通株式会社(きょうとこうつう)は、京都府の中北部(旧丹波国に相当)と京都市バスを運行していた事業者である。本社は京都府亀岡市古世町向嶋10番地。

2004年平成16年)1月に会社更生法の適用を申請して倒産。京都府北部地域の事業を日本交通グループに、残りを京阪バスグループに営業譲渡し、清算された。

なお、同じく路線バスを運行している京都市営バス京都市交通局)や京都バスとは資本・人材の関係は全くない。

本社・営業所(車庫)の所在地編集

歴史編集

 
京都交通株式会社の祇園(京都市)・西舞鶴間の路線バスの時刻表(1983年12月1日現在)

備考編集

  • 京都交通は川本直水が一代で築き上げた会社であり、丹波交通が中丹交通と舞鶴交通を合併して京都府中部および丹後半島を除く北部の地域の足をほぼ独占した。川本はこの京都交通を中核に京都交通グループを形成した。
    • 京都交通
    • 京聯自動車(京都市内のタクシー)
    • 京都タクシー(亀岡市および京都北部のタクシー)
    • 保津川渡船(保津川下り
    • 京都観光バス(鳩マークの観光バス)
    • 大阪京観バス(同上)
    • 神戸観光バス(同上)
    • 名古屋京観バス(同上)
    • 関西急送
    • トヨタカローラ中丹
    • 大都産業(「レストラン嵐山」を経営)

同グループは1960年代が最盛期で、特に京都交通においては国道9号線を走る同社の急行快速バスは近代化から取り残された山陰本線に対し優位で、トイレ付きの路線車も投入されるなどサービスが良く、活況を呈していた。ところがモータリゼーションの波が押し寄せて沿線の自家用車保有率が高まったこと、過疎・高齢化が進んだことで徐々に乗客が減っていた。さらに国鉄分割民営化後に山陰本線(嵯峨野線)が電化・複線化されたことで決定的な打撃を受け、ドル箱路線であった急行や快速は次々と減便され、最後は経営破綻に追い込まれた。

同グループの他社も創業者一代で形成された一族経営にありがちな放漫経営に陥り、業績も悪化していった。1964年昭和39年)観光バス各社は1964年名古屋鉄道に、保津川下りは阪急電鉄に譲渡されグループを離脱。京都タクシーも京都交通の倒産を受けて独立[1]。最後に残った京聯自動車も2005年(平成17年)に川本一族の手を離れ、グループは崩壊した。

女性専用バス(廃止)編集

洛西バスターミナル - 阪急桂駅東口間に2003年(平成15年)11月24日より一般路線バスでは珍しい女性専用バスが運行されていたが、利用者が少なかったため2004年(平成16年)5月31日限りで廃止された(一般バスが1分後に続行するダイヤであった)。

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ ただし、2011年9月現在の京都タクシーの社長は会社更生法申請時点の京都交通の社長と同一人物で、川本家の人物であった。2019年現在も川本家の人物が社長を務めている。

外部リンク編集