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京阪2600系電車(けいはん2600けいでんしゃ)は、1978年昭和53年)に登場した京阪電気鉄道通勤形電車

京阪2600系電車
新塗装の京阪2600系30番台(土居駅)
新塗装の京阪2600系30番台(土居駅)
基本情報
運用者 京阪電気鉄道
製造所 川崎重工業、京阪寝屋川工場
製造年 1978年[注 1] - 1982年
製造数 131両
主要諸元
編成 7両編成[注 2]
軌間 1,435 mm
電気方式 直流1500V架線給電
最高運転速度 110 km/h
設計最高速度 110 km/h
起動加速度 2.5 km/h/s
減速度(常用) 4.0 km/h/s
全長 18,700 mm
全幅 2,720 mm
全高 4,185 mm
主電動機出力 155 kW
駆動方式 中空軸たわみ板継手カルダン
編成出力 2,480 kW
制御方式 界磁位相制御
制動装置 回生ブレーキ併用電磁直通空気ブレーキ
保安装置 K-ATS(出町柳 - 淀間)
京阪型速度照査ATS
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2600系0番台(旧塗装)

1959年(昭和34年)登場の2000系の車体や台車と一部の機器を流用して製造された0番台103両と、車体等も含め新規で製造された30番台28両の合計131両が製造された。

2001年から廃車が始まっており[1]2016年4月1日現在、7両編成が7本の計49両が在籍する[2]

目次

投入の経緯編集

0番台(2000系からの改造車)編集

1959年(昭和34年)に登場し、「スーパーカー」の愛称で親しまれた2000系は、冷房化や架線電圧の600Vから1500Vへの昇圧への対応が困難であった[3]。1983年の昇圧に向けて2000系を代替するにあたって、1978年から、2000系の車体・台車・一部の機器を流用しながら、複電圧仕様の回生ブレーキ付き制御装置への換装、冷房化など改造を施して、2600系0番台として落成した。1978年(昭和53年)6月23日に2043・2128・2044の車体を流用した2601F(2601-2701-2801)が竣工し、1982年(昭和57年)12月1日竣工の2905(旧2064)まで、計103両が寝屋川工場で製造された[注 3]。全車竣工時の組成は、3両編成5本、4両固定編成6本、2両ごとに分割可能の4両編成14本、2両編成4本である。

30番台(完全新造車)編集

30番台は、0番台と基本的に同一の設計ながら車体や台車も含めて新規に製造された。1981年3月から5月にかけて1800系の代替として7両編成2本計14両、同年12月に輸送力増強に対応した増備用として7両編成2本計14両の合計28両[注 4]が製造され[4]、いずれも製造後数日以内に営業を開始した[5]。製造メーカーは川崎重工である。

車体編集

車体は鋼製で、全長18.7mの両開き3扉車である[6]

0番台編集

 
側窓の幅が広い2624(2008年4月14日 西三荘駅)
 
車掌台側の正面窓が二段窓の2601(2008年4月14日)
 
車掌台側の正面窓が一枚固定窓の2825

車体の流用元の2000系の形態を引き継ぎながら、2000系からの改造時に、電圧指令式前面行先表示器の取り付け、スカートの取り付け、前照灯シールドビーム化も施されており、実質の2000系の昇圧対応・更新車といえる。

2600形・2800形のうち、2000系2001 - 2024の車体流用車の24両は、他の車両に比べて側窓の幅が100mm広い900mmとなっており、窓配置が異なっている[7]。改造時期の違いで正面の車掌台側の窓が二段窓の車両と一枚の固定窓の車両があり、1980年11月以降に竣工した車両は、車掌台側の前面窓が一枚固定窓となっている[8]

中間車の2700形(M)のうち2720 - 2724、2900形(T)のうち2905・2911・2915・2920 - 2924は、もともと先頭車として製造された車両の車体を流用しており、運転台撤去跡が残っている[9]

2629-2729-2829は、2200系で唯一4両編成で残っていた2210Fと組むことを目的として登場した編成で[10]、ほかの0番台とは形態が異なる。当初は種別・行先表示などが同系列と同じシーケンス式の仕様のもので、前面扉の窓下の行先表示器がなく、車両番号が前面運転台側に取り付けられたが異色の存在であった。1988年(昭和63年)9月に2200系の車体更新に併せて、2829には前面扉の外開化、前面扉の窓下に行先表示器の取り付け、2629は運転台を完全撤去して2700形化した(車両番号はそのまま)。制御機器は2600系で、設備は2200系という異端車両になった。

なお、車体流用元となった2000系には、2200系から2000系に編入された経歴の車両も3両含まれている。

30番台編集

 
2600系30番台(旧塗装)

車体形状は同一ながら、前記の通り新たに製造されている。この関係で、前照灯はシールドビームを当初から装備しており、2000系当時の白熱灯の灯具にシールドビームを設置した0番台とは異なる(2400系以降と同様の)形状である。標識灯も3000系で採用されたタイプで、こちらも2000系のものを流用した0番台と異なる。扉の窓にはステンレスの枠がある(0番台は2000 系のものを流用したため、枠がない)。製造時は先頭部に幌が設置されていたが、1986年に撤去された。

機器編集

最高速度110km/h、起動加速度2.5km/h/sと、2000系時代と比べて性能が大幅に変化している。加速を抑え、高速向きにしたことにより、性能面では2200系とほぼ同等になっている。主電動機は複巻電動機の「TDK-8135A」[注 5]で600V時130kW、1500Vでは155kWである。制御器は界磁位相制御の「ACRF-H4155-775A」[注 6]が採用された(ともに東洋電機製造製)。2000系に引き続き分巻界磁制御による回生ブレーキを使用する。電動発電機(MG)は、3両編成以外には、冷房電源確保のための大容量MG(TDK-3721A)が搭載された。2905 - 2910は、4両での冷房使用時の電源容量不足を補うため、出力70KVAのもの(MGTDK-3721A)が搭載された(2905は2632Fに組み込まれて8両化された時に重量軽減策として外された)。2801 - 2810は、補助電源装置は1基のMGで3両分の冷房電源を賄う予定で、出力140KVAのもの(TDK-3755A)が搭載されていた。

パンタグラフは鋼体架線対応の下枠交差型パンタグラフ(PT-4805A-M)である。パンタグラフは、電動車全車に加えて、制御車の2811 - 2828、付随車の2911 - 2924にも設置されている[11][注 7]。なお、2601 - 2610のパンタグラフ横のヒューズ箱の数が2個と、他の2600形より1つ少ない。

冷房装置編集

 
2621F(冷房装置試験車)(2006年7月16日 宮之阪駅)

2621F・2622F以外の各車両は、PRU-2205Aを4台搭載している。

2621F・2622Fは、冷房装置の試験車で、東芝の「RPU-3007」(10500kcal)を3台搭載しており、外観が異なっているほか、車内には新設計のグリルファンが9基設置されて冷房効果の試験がなされた。その結果を元に6000系に「三菱製CU-197」(10500kcal)が採用された。

台車編集

本系列の台車は多種多様であり、既に消滅した4種類を含めると、のべ17種類に及ぶ。台車の交換や振り替えも行われており、保守負担の多い台車を、廃車となった車両から供出された経年の浅い台車に交換している[12]

FS327A編集

 
FS327A台車

住友金属工業(現・新日鐵住金)製、アルストムリンク式。2000系初期車に由来するもので、制輪子が車輪外側にあることから、床下スペースの関係上全て付随台車として使用。数を減らしており、現在履くのは1両のみ。

FS337/337A/337B/337C編集

 
FS337A台車

住友金属工業(現・新日鐵住金)製、緩衝ゴム式。FS337Bは2200系T車に由来するもので、全て付随台車として使用。その他は2000系中期・後期車に由来するもので、電動台車または付随台車として使用。

FS399C編集

 
FS399C台車

住友金属工業(現・新日鐵住金)製、緩衝ゴム式。30番台T車が登場時に履いていたもので、KW79の導入によって一部が0番台に転用されている。電動台車または付随台車として使用。

FS509/509A編集

住友金属工業(現・新日鐵住金)製、SU型ミンデン式。旧式台車の交換用に製造されたもので、電動台車または付随台車として使用。新しいにもかかわらず数を減らしており、FS509は既に消滅している。

KS58編集

 
KS58台車

汽車製造製、油浸円筒案内式(シンドラー式[13])。2000系初期車に由来するもので、基礎ブレーキ装置が両抱き式で制輪子や連動てこなどのブレーキ機構が車輪外側にあることから、床下スペースの関係上全て付随台車として使用。

KS63/63A/63C編集

汽車製造製、軸箱梁式(エコノミカル台車)。2000系中期車に由来するもので、電動台車または付随台車として使用。乗り心地に問題があったと言われ、いずれも既に消滅している。

KS73C編集

 
KS73C台車

汽車製造製、軸箱梁式(エコノミカル台車)。2000系後期車に由来するもので、電動台車または付随台車として使用。

KW37編集

川崎重工業製、乾式円筒案内式。30番台M車が登場時から履いているほか、旧式台車の交換用にも製造された。電動台車として使用。

KW69/69A編集

川崎重工業製、軸梁式。KW69は本系列の、KW69Aは1900系の旧式台車交換用に製造されたもので、KW69は電動台車または付随台車として、KW69Aは全て付随台車として使用。

KW79編集

川崎重工業製、油浸円筒案内式(シンドラー式)。3000系Tc車で使用していたKS132Aをインダイレクトマウント化改造したもので、全て30番台のT車・Tc車で使用。

内装編集

 
車内(ただし写真は2200系のもの)

車内の座席はロングシートである[14]。モケット・化粧板・床面とも、緑系でまとめられている。内装デザインは2200系とほぼ同じである。側扉は、0番台は上半分が化粧版と同じグリーン塗装、下半分が化粧板張りとなっているが、30番台は全面化粧版張りである。また、側扉の窓ガラスの支持方法も異なっている[15]

編成編集

2601F - 2610Fは、当初は2600(Mc)-2700(M)-2800(Tc)の3両固定編成で竣工し、番号順に2本ずつ繋いだ6両編成で運用された。2605F - 2610Fには後から追加で2900形(T)が組み込まれて4両化された。

2611F - 2624Fは、当初は2600(Mc)-2900(T)+2700(M)-2800(Tc)の4両編成であり、2両+2両に分割可能な構成である。

2625F - 2628Fは、2600(Mc)-2800(Tc)の2両編成で、ほかの編成と組み合わせて4両以上の編成で運用される。鴨東線開業前に出町柳駅から叡山電鉄線への直通運転が検討されていた時期もあったことから叡電の輸送需要に合わせて最短2両編成での運用も可能な仕様になっているが、直通運転構想は実現しておらず、その仕様は活かされていない。

2629-2729-2829は、2200系と編成を組む。1980年代中期には2400系と編成を組んでいた時期もあったが、後に元の2200系との組成(当時は2210Fと組んでいた)に戻っている。2006年に連結相手の2200系が回生ブレーキ仕様の2210Fから発電ブレーキ仕様の2218Fに替わった後[16]、2009年11月30日に廃車された。

ユニットの組み合わせを変えることによって4両から8両までの編成を組むことが可能であり、その特徴を活かした運用がなされた。廃車や運転台が撤去された車両(車両番号はそのまま)も発生したことから、より雑多な編成となっている。

なお、0番台だけで8両編成を組む場合、2800(Tc)並びに2900(T)には必ず大容量MGが装備されており、4M4Tの編成では編成重量が増加するなどの制約から、5M3Tの編成としてカバーすることがほとんどであったが、過去には4両編成を2本つなげた4M4Tの暫定の8両編成での運用実績もある。

また、これまでは暫定編成などでしか見られなかった7両編成が2006年7月頃から正規の編成としても組まれている(公式サイトの編成表にも掲載)。

30番台は4両ユニット+3両ユニットの7両編成で製造された。0番台と連結して運行することが可能である。1980年代後半頃から2003年9月のダイヤ改正までは編成を分割して0番台と組み、5両編成や6両編成で運転されていた編成もあったが、以後は登場当時と同様に30番台のみで7両編成4本を組む。

2018年4月1日現在の編成は以下のとおりである[17]。【 】は先頭車、( )は元先頭車。

  • 【2601】-2701-(2801)+2718-【2818】+(2619)-【2819】
  • 【2609】-2919-2719-2709-【2809】+(2625)-【2825】
  • 【2624】-(2924)+【2614】-2914+(2603)-2703-【2803】
  • 【2631】-2941-2741-2951+2751-2731-【2831】
  • 【2632】-2942-2742-2952+2752-2732-【2832】
  • 【2633】-2943-2743-2953+2753-2733-【2833】
  • 【2634】-2944-2744-2954+2754-2734-【2834】

中間制御車の中間車化改造編集

編成中間に入っている運転台付の車両について、2007年以降、前面スカート・乗務員用ステップ・乗務員室扉握り棒の撤去などが施工されている。車両番号は変更されていないが、書類上の形式は、2600形が2700形に、2800形が2900形に変更されている[18]

新塗装化編集

 
新塗装化された2803

2008年から車体塗装の変更が始まり、2011年4月までに39両で実施された。2013年5月までに廃車予定となっている車両を除く全車両の塗装変更が完了した[19]

新塗装化が進行中の時期には、旧塗装の車両と新塗装の車両が同一の編成内で混在する事例も見られた[20]

新塗装の検討にあたって、寝屋川車庫で走行休止となっていた2825に3種類の塗装が施されていた(「鉄道ファン」2008年12月号より)。その後、2825も新塗装化されている。

ただし、廃車後寝屋川車庫内で教材車として活用されている2615号と2820号の2両は2017年9月現在も旧塗装のままである[21]

京阪ミュージアムトレイン編集

 
京阪ミュージアムトレイン - 中書島駅
 
公開時の様子 - 同上

2010年、京阪開業100周年記念事業として実施された巡業展示「京阪ミュージアムトレイン」として、2602-2702-2802-2712-2812 の5両が使用された。これらの車両は座席を撤去のうえ展示物が配置されたほか、塗装を1550型(初代600型)をイメージしたモスグリーンに塗りかえている[22][23]

廃車編集

 
寝屋川車庫の教材車となった2820号。後方に2615号を連結。

0番台に関しては、2001年から廃車が始まっている。2001年12月28日付けで2622F(4両編成)と2905・2906・2910が、2002年3月18日付けで2611F(4両編成)が、同年4月22日付けで2627-2827と2714-2814が、同月25日付けで2616F(4両編成)が廃車となっている[24]

廃車となる車両の一般向け販売が2003年3月に行われ、応募した鉄道ファンに2627号車が切り継ぎされ引き取られた。同じく応募したキッズプラザ大阪では2811号車を館内の車イス使用体験設備として使用されている。このほか、台車(FS-509・FS-327A各1基)が東京大学生産技術研究所に譲渡された[1]

続いて2006年3月29日付けで2618-2918・2907・2908が廃車となった[25]

2200系列と連結されていた2629-2729-2829も、2009年9月12日のダイヤ変更で、編成を組んでいた2218ほか4両とともに運用から外れ、ともにそのまま11月30日に廃車された[26]。また、2610F・2612-2912・2909も同日付けで廃車となっている。

2010年12月31日には、先述の京阪ミュージアムトレインとして使用された2602・2702・2802・2712・2812が廃車となった[27]

新塗装化された2604Fも2011年6月30日付けで一緒に編成を組んでいた2724-2824とともに廃車解体された[28]

2012年4月から7月にかけて13000系4両編成5本(13001F - 13005F)が投入され、2613F・2615F・2617F・2620F・2621Fの4両編成5本が廃車となった[29]

さらに、2013年4月30日付けで2606・2706・2806・2626・2826・2605・2705・2805が、同年5月31日付けで2628・2828・2608・2708・2808が廃車となった[30]。続いて、2013年3月より宇治線の予備編成となっていた2623Fが2015年7月31日付けで廃車となった[31]

30番台は、登場から35年以上経過しているが、更新工事は実施されないままで2016年4月1日現在も28両全車が在籍しており、同日現在の本系列の在籍数は、7両編成が7本(0番台3本、30番台4本)の計49両となっている[32]

運用編集

本系列のうち0番台は2000系時代から普通運用が主体となっている。30番台は当初急行にも使われていたが、本線で2200系6000系による8両編成の運用が開始されてからはこちらも普通運用が主体となった。ただ本形式も不定期的ではあるが8両編成での運用実績はある。2003年9月のダイヤ改定頃、6両編成での運用は消滅し、組み替えの上、全編成が4・5・7両となった。また、このダイヤ改正で、平日朝ラッシュ時に交野線・私市駅発本線淀屋橋駅行き直通列車のK特急「おりひめ」が、同夕ラッシュ時には天満橋駅発私市行きの準急「ひこぼし」が設定され、イベント時などを除き前者には本系列5両編成が[注 8]、後者には1900系または本系列の5両編成が充当となっていた[33]。 新造車30番台も5両編成で宇治線・交野線に入線したことがあり、「おりひめ」に充当されたこともある[34]

2007年9月からの交野線で実施されているワンマン運転には対応しておらず、ワンマン運転を行う運用には入っていない。

「おりひめ」・「ひこぼし」は2008年10月19日のダイヤ改定でそれぞれ交野線・中之島線直通の通勤快急・快速急行となり、ともに本系列5両編成が充当されていた[35](10000系を充当していた「ひこぼし」の1本を除く)が、2013年3月16日のダイヤ改定で廃止された。

また、13000系の登場と宇治線でのワンマン運転開始により、2013年5月をもって、4両編成についても2600系の定期運用はなくなった[36]

以降は他形式の7両編成車と同じく急行以下のみの運用となったが、2016年3月19日のダイヤ改正では7両編成車による通勤快急・快速急行運用が設定されたことにより、「おりひめ」、「ひこぼし」運用ではないものの、本系列の通勤快急・快速急行運用の機会が3年ぶりに復活している。

その他編集

 
前面に転落防止幌の痕跡が残る2803号車(前照灯LED化改造後)
  • 2621Fは、新型クーラーの性能確認と併せて光ファイバーによる列車モニタの試験車となった。
  • 2626Fと2628Fの4両は、1986年(昭和61年)の京都地下線の工事に試運転車両として松原通り付近に設けられた仮設搬入口から搬入され、地下線での地下設備の確認・試運転・ATS装置の確認、最後に運転士の訓練運転などに使用された。
  • 2004年から2008年にかけて連結部に転落防止幌が設置された。
  • 2009年から、検査入場した車両に対して防護無線の取り付けが行われている。
  • 京阪では2014年から在来車の前照灯をシールドビームからLEDに交換する改造が行われている[37]。本系列では2018年5月に2624Fと2631Fの前照灯がシールドビームからLEDライトに換装され同年9月に2601F、2633Fを最後に2600系全7編成の前照灯LED化改造が完了し同時に京阪線からシールドビーム車が消滅[38]した[要出典]
  • 2803号車は一時期中間に入っていた関係で前面に転落防止幌が付いていた痕跡が残っている。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 0番台の車体・台車及び一部の機器自体は1959年から1966年まで製造された2000系からそのまま流用。
  2. ^ 2018年9月現在は全て7両編成でその内現存する0番台は編成中に運転台が残されてるため5両編成に組み替えが可能。またかつては支線を中心に4両、5両編成、本線では6両、暫定編成として8両編成も存在した。
  3. ^ 2000系時代からの車籍は受け継がれていないため、「代替新造」扱いとなっている。
  4. ^ 深草車庫淀車庫への移転により固定編成の入出庫制限が解消されたため、30番台以降の各形式では固定編成となった。
  5. ^ 電流460A、分巻界磁電流65A、架線電圧1,500V時定格回転数1,580rpm
  6. ^ 1,500V昇圧後の抵抗制御段数は永久直列18段である。
  7. ^ 離線防止対応として必ずパンタグラフ2台から集電可能、かつユニット間に高圧引通しを出さないとの設計思想により、4両編成でも2両ユニット×2に分割可能な編成ではT車にもパンタグラフが取り付けられている。
  8. ^ 種別幕に「K特急」幕を持っていないため、黒地に赤文字の「特急」幕を表示し、「おりひめ」のヘッドマークを掲げていたが、2008年8月頃から方向幕が順次更新され、赤地に白文字の「特急」幕や「K特急」幕を表示する場面も見られた。

出典編集

  1. ^ 『私鉄車両年鑑2013』、イカロス出版、2013年、74頁
  2. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表2016』交通新聞社、2016年、136頁
  3. ^ 青野邦明『京阪電気鉄道』私鉄の車両15、保育社、1986年、32頁
  4. ^ 清水祥史 『京阪電車』 JTBパブリッシング、2017年、104頁。
  5. ^ 「京阪電気鉄道 現有車両車歴表」『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、280 - 283頁。
  6. ^ 『私鉄車両年鑑2013』、イカロス出版、2013年、74頁
  7. ^ 福島温也「京阪電気鉄道 現有車両プロフィール 2009」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、248頁
  8. ^ 青野邦明『京阪電気鉄道』私鉄の車両15、保育社、1986年、36頁
  9. ^ 青野邦明『京阪電気鉄道』私鉄の車両15、保育社、1986年、152 - 153頁
  10. ^ 福島温也「京阪電気鉄道 現有車両プロフィール 2009」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、248頁
  11. ^ 青野邦明『京阪電気鉄道』私鉄の車両15、保育社、1986年、152 - 153頁
  12. ^ 福島温也「京阪電気鉄道 現有車両プロフィール 2009」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、245頁
  13. ^ 『鉄道ピクトリアルNo.695』pp.205-207
  14. ^ 『私鉄車両年鑑2013』、イカロス出版、2013年、74頁
  15. ^ 福島温也「京阪電気鉄道 現有車両プロフィール 2009」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、246 - 248頁
  16. ^ 福島温也「京阪電気鉄道 現有車両プロフィール 2009」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、248頁
  17. ^ ジェー・アール・アール 『私鉄車両編成表2018』 交通新聞社、2018年、138頁。
  18. ^ 福島温也「京阪電気鉄道 現有車両プロフィール 2009」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、247頁
  19. ^ Kプレス2013年6月号(vol.171) - 「くらしの中の京阪6月号 vol.448」内「京阪線車両のカラーデザイン変更が完了しました」を参照。
  20. ^ 京阪で新旧混色編成が運転中」交友社、2016年8月4日閲覧
  21. ^ ヒルこれ:かんさい鉄道車両めぐり2017年9月12日放送分 - 『ぐるっと関西おひるまえ』、NHK、2017年10月23日閲覧
  22. ^ 京阪ミュージアムトレイン完成。(編集長敬白) - 鉄道ホビタス(ネコ・パブリッシング、2010年7月7日付、2011年7月14日閲覧)
  23. ^ 京阪電車開業100周年記念事業 「京阪ミュージアムトレイン」の展示を 7/10(土)から開始します (PDF) (報道発表資料) - 京阪電気鉄道(2010年6月23日付) ※展示時に配布されたリーフレット『京阪ミュージアムトレイン』にも同じ主旨の記述あり。
  24. ^ 京阪電気鉄道(株)鉄道事業部技術課「車両総説」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、47頁
  25. ^ 京阪電気鉄道(株)鉄道事業部技術課「車両総説」、『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、47頁
  26. ^ 鉄道ファン2010年3月号に「2200系+2600系の2218Fは2009年12月に解体された」との投稿記事あり
  27. ^ 「大手私鉄車両ファイル2011」『鉄道ファン』2011年9月号、交友社、特別付録。
  28. ^ 出典・「関西の鉄道」№60 2012年新春号102頁「京阪だより」
  29. ^ 月刊「鉄道ファン」2013年8月号付録『大手私鉄車両ファイル』
  30. ^ ジェー・アール・アール「私鉄車両のうごき」、『鉄道ダイヤ情報 2014年1月号』交通新聞社、2013年、126頁
  31. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表2016』交通新聞社、2016年、199頁
  32. ^ ジェー・アール・アール『私鉄車両編成表2016』交通新聞社、2016年、136頁
  33. ^ 中村卓之「京阪電気鉄道 列車運転の興味」『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、208頁
  34. ^ 京阪電車 JTBパブリッシング 清水祥史 102、104頁
  35. ^ 中村卓之「京阪電気鉄道 列車運転の興味」『鉄道ピクトリアル2009年8月臨時増刊号』第822巻、電気車研究会、2009年、208頁
  36. ^ 清水祥史 『京阪電車』 JTBパブリッシング、2017年、106頁。
  37. ^ 京阪電車 JTBパブリッシング 清水祥史 145頁
  38. ^ ただし0番台車の編成中にある先頭車の前照灯はシールドビームのまま存置されており、運転台撤去車の前照灯については2600系になってから撤去された車両はシールドビーム、2000系時代に撤去された車両は白熱灯( 2000系の前照灯は白熱灯)をそれぞれ維持しているため0番台車の編成中には3種類の前照灯が存在することになる。

外部リンク編集