仁順王后

朝鮮第13代王・明宗の妃。宣祖時の摂政。

仁順王后 沈氏(じんじゅんおうこう ちんし、インスンワンフ シムシ、1532年6月27日 - 1575年2月12日)は、李氏朝鮮の王族女性。第13代国王 明宗の正室。本貫は青松。諡号は宣烈懿聖仁順王后。

仁順王后
朝鮮王妃
在位 嘉靖24年7月6日 - 隆慶元年6月28日
1545年8月12日 - 1567年8月3日

別称 宣烈懿聖仁順王后(諡号)
出生 嘉靖11年5月25日
1532年6月27日
死去 万暦3年1月2日
1575年2月12日
配偶者 明宗
子女 順懐世子
氏族 青松沈氏
父親 沈鋼
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生涯編集

沈鋼の娘として誕生する。生家の青松沈氏は、第4代国王世宗の王妃昭憲王后を輩出した家柄であった。

1544年、当時に王子の身分であり慶源大君に封じられていた明宗と婚姻する。1545年に明宗の異母兄である第12代国王仁宗が後嗣なく死去すると、夫が王位継承者に選ばれて即位した。それと同時に王妃に冊封。

1551年、順懐世子を出産する。しかし世子は1563年に早世し、更に1567年に明宗まで亡くなってしまう。彼女の実子は順懐世子のみであり、また明宗には側室が数人いたが、彼女達との間に子供はいなかった。その為、傍系から河城君(第11代中宗の庶孫で明宗の甥)が養子に入り、第14代国王宣祖として即位した。宣祖が年若かった為、垂簾聴政を1年間行った。1569年、尊号を受け懿聖王大妃と称された。

1575年、昌慶宮通明殿で死去。享年44。陵墓は江陵(カンヌン)であり、夫の明宗と共に眠っている。

出典・脚注編集

  • 『王妃たちの朝鮮王朝』 尹貞蘭・著、金容権・訳 日本評論社 2010年

家族編集

  • 6代祖:沈温 - 昭憲王后の実父。祖父 沈連源の高祖父。
  • 6代祖:孝寧大君 - 世宗の兄。母方の祖父 全城君の高祖父。
  • 父:領敦寧府事 青陵府院君 翼孝公 沈鋼(1514年-1567年) 第20代国王 景宗の王妃 端懿王后の7代祖でもある。
  • 母:完山府夫人 全州 李氏(1512年-1559年 名は希慶。)
  • 夫:第13代国王 明宗
  • 息子:順懐世子(1551年-1563年 名は暊。)
    • 嫁:恭懐嬪 尹氏(生年不詳-1592年
    • 嫁:良媛 黄氏(生没年不詳、最初は世子嬪であったが、病弱であることを理由として側室に降格。後に死去。)
  • 養子:第14代国王 宣祖

登場作品等編集


先代:
仁聖王后
朝鮮王妃
在位:1545年 - 1567年
次代:
懿仁王后
先代:
仁聖王后
朝鮮大妃
在位:1567年 - 1575年
次代:
仁穆王后