今浪隆博
今浪 隆博(いまなみ たかひろ、1984年7月6日 - )は、福岡県北九州市出身の元プロ野球選手(内野手、右投左打)、スポーツメンタルコーチ、野球指導者、YouTuber。
ゴリラクリニックベースボール 監督 #59 | |
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ヤクルト時代 (2014年4月13日、横浜スタジアムにて) | |
基本情報 | |
国籍 |
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出身地 | 福岡県北九州市小倉南区 |
生年月日 | 1984年7月6日(39歳) |
身長 体重 |
172 cm 75 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投左打 |
ポジション | 内野手 |
プロ入り | 2006年 大学生・社会人ドラフト7巡目 |
初出場 | 2008年8月20日 |
最終出場 | 2017年5月27日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
選手歴 | |
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監督歴 | |
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この表について
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今浪 隆博 | |
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YouTube | |
チャンネル | |
活動期間 | 2022年4月1日 - |
ジャンル | スポーツメンタル |
登録者数 | 4.74万人 |
総再生回数 | 32,047,872回 |
チャンネル登録者数・総再生回数は 2023年1月7日時点。 |
経歴 編集
プロ入り前 編集
2歳年上の兄の影響で小学1年生より横代ライオンズでソフトボールを始める。中学1年生から硬式野球チーム小倉バディーズに入団[1]。
本人は地元の九州国際大付属高校でプレーすることを希望していたが、「地元でプレーすると野球が疎かになる」と考えた母親の説得で京都府の平安高校に進学[2]。甲子園には2001年(2年夏)の第83回選手権大会と2002年(3年春)の第74回選抜大会に出場した。2年夏は準々決勝で阿部健太のいた松山商業高校と戦っている。
平安高校卒業後は立命館大学への進学を希望していたが、「プロを目指すなら明治大学にしなさい」「明治大に行くなら好きなだけお小遣いをあげる」と、またも母親に説得される形で明治大学商学部に進学する[3][4]。広角に打ち分けるシュアな打撃に長打力も合わせ持ち、4年春の東京六大学野球春季リーグ戦で打率3割を記録。秋のリーグ戦では首位打者にあとヒット1本及ばず打率2位(.361)の実績を残した。しかし、本人が取れると思っていた遊撃手のベストナインを獲得することが出来ず(ベストナインは大引啓次)、燃え尽きた今浪は、この時点でプロを完全に諦めることを決断していた。しかし、プロを目指していた自分への最後のけじめとして、プロ志望届を提出した[5]。
2006年プロ野球ドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから大学生・社会人ドラフト7巡目で指名される。
ドラフト会議当日は今浪が指名されることを誰も予想せず、当初大学内に会見場が設けられなかった。急遽設けられた記者会見には、明治大学側から今浪一人が参加したものの、そこにいる人物が今浪と知らなかった記者に「今浪選手はどちらですか?」と声をかけられ、自ら「今浪は自分です」と答えている[6]。またドラフト会議の後日にバイトの面接が入っていたことを告白した。
日本ハム時代 編集
2007年は1年目から二軍で内野のレギュラーをつかみ、チーム2位の80試合に出場、打率.280の好成績を残した。12月25日、会社員であり大学の同級生の女性と入籍した。
2008年8月20日の千葉ロッテマリーンズ戦(東京ドーム)で一軍初出場。髙橋信二の代打として出場したがセカンドゴロ。この年の一軍での出場はこの1試合のみだった。
2009年は9月1日のロッテ戦でプロ初安打を記録。5試合の出場で打率.250だった。
2010年は金子誠の離脱もあり、前年よりも出場試合数、打席数を増加。29試合の出場で打率.244、3打点だった。
2011年は主に守備固めとしてセカンド・ショート・サードの3ポジションで起用された。チームの内野手に故障者が続出したこともありスタメンに入る機会も増加し、自己最多の84試合に出場した。
2012年は春季キャンプから故障が続き、出場試合数は13試合に留まった。
2013年は再び出番が増加し、主に守備固めとしてセカンド・サード・ショートの3ポジションで起用され、6月30日の埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)では6番・右翼手で先発出場し、プロ入り初めて外野の守備に就いた。自己最多の91試合に出場し、またプロ入り初めて開幕から一度も二軍に降格することなくシーズンを終えた。
ヤクルト時代 編集
2014年のシーズン開幕直後の3月31日に増渕竜義との交換トレードが成立し、東京ヤクルトスワローズへ移籍[7][8]。
2015年はショートのポジションを大引啓次、森岡良介と争う。開幕は大引がスタメンで森岡が代打の中心となるが、5月の大引離脱後にショートでのスタメン出場の機会を得ると攻守で活躍を見せた。5月24日の広島東洋カープ戦ではプロ初本塁打を記録した[9]。ショートまたはサードで起用され、またプロ入り初めてファーストの守備に就いた。自身も怪我があったが、後半戦以降は大引に代わるショートでのスタメンや代打の切り札としての起用も増え、その中で打率.317を記録してリーグ優勝に貢献した。
2016年は6月17日の対西武戦でファーストを守っている際に、炭谷銀仁朗が打ったフライ性の打球を捕ろうとしてサードの川端慎吾と衝突し、担架で病院に運ばれた。翌18日に登録抹消となったが、抹消から10日未満となる6月24日に登録され復帰した。これは、脳震盪の登録抹消特例が適用されたためで、今浪がプロ野球史上初の適用者となった[10]。さらに、9月3日には甲状腺機能低下症により登録抹消されたが、3週間後の9月24日に一軍復帰[11]。ファースト・ショート・サードの3ポジションで起用され自己最多の94試合に出場し、得点圏打率は.344を記録。シーズンを通しての代打率は.382を記録し、ここ一番での代打の切り札として大いに活躍した[12]。
2017年は春季キャンプで腰を負傷し、更に回復しつつあった体調が再び悪化。5月18日に一軍登録されたが、体調不良により5月29日に登録抹消。その後も満足にプレーできない状態が続き一軍に昇格できず、出場試合数はわずか7試合に留まった。10月3日に球団より戦力外通告を受け[13]、持病の慢性甲状腺炎(橋本病)の影響も鑑みて引退を決断[14]。当初の予定ではなかったが、多くのファンから強い要望があり、11月23日のファン感謝DAYにて引退セレモニーが行われた[15]。ファンや関係者らに感謝を伝えた後、チームの若手有望株で自身が才能を見込んだ廣岡大志にエールを込める意味で「引退の原因は廣岡に押し出されたからです」とジョークを飛ばし、集まったファンの笑いを誘い、明るく締めくくった[16][17]。
引退後 編集
現役時代に故障や持病と向き合った経験を基に、アスリート向けのメンタルコーチングを勉強。日本スポーツメンタルコーチ協会へ加入するとともに、「スポーツメンタルコーチ」という肩書で活動している[18]。
2020年1月6日からは、ヤクルト時代のチームメイトだった田中浩康の後任として隔週月曜日に『なな→きゅう』(文化放送平日早朝の生ワイド番組)へパートナーとして出演中。
また2019年6月に平安高時代の同級生から声を掛けられ、軟式野球実業団チーム「ゴリラクリニックベースボール」の創設に関わる。チームが始動した初年度の2020年より監督を務めている[19][20]。チームは台東区軟式野球連盟1部に属し、初年度から台東区春季大会を勝ち抜き、東京都軟式野球連盟秋季大会ベスト4までチームを導いている。
選手としての特徴 編集
走攻守にバランスが取れ、内野全ポジションを守れる万能型の選手[7][8]。打撃では生涯代打率.316を記録するなど、ここ一番での代打の切り札として抜群の勝負強さを誇った[12]。ヤクルト等でコーチを務めた三木肇は「(今浪は)攻守ともに状況を的確に掴み、相手が嫌がるプレーができる。数字以上にチームに貢献している」と評している[21]。
日本ハム時代は守備やバントを確実にこなすこと、チームプレイに徹することで頭がいっぱいになり、打撃について考えることができなかった。ヤクルト移籍後はシンプルに「打つこと」だけを考えるようになると気持ちが楽になり、打撃成績が大きく向上した[6]。
攝津正は現役時代に苦手としていた打者に今浪を挙げており、「(今浪に)ボールをコツコツ当てられるのが嫌だった」と語っている[22]。
人物 編集
ヒーローインタビューでは、「今浪節[25]」と称される真顔でギャグやジョークを言う“スベり芸”でファンを沸かせた[26][27][28]。
エピソード 編集
プロ入り前の契約時に日本ハム球団関係者から「来年で戦力外になる」と告げられている。今浪自身はその事に納得しており、「せっかくプロになれたから楽んでやろう」と気楽にプレーした。一年目のシーズンを終えると一軍昇格はならなかったが、二軍で打率.280を記録。今浪は「これでクビか。いつ呼ばれるのかな」と思いながら、球団からの連絡を待ったが、一向に連絡が無く、その後、何事も無かったかのように契約が更新された[6][注 1]。
引退後は「これからの選手に自分と同じような苦労をさせたくない。楽にプレーしてもらえるように手助けしたい」との思いからスポーツメンタルコーチを目指すようになった[32]。
野球論 編集
- 本人は引退後にファーストストライクを狙うことの重要性を説いている。「それが空振りになってもファールになっても全然いいねん」と語っており「もったないって考えを持ってる人、ファーストストライクを振りにいけない人、打ちにいけない人って、結果出したことないよね」「ファーストストライクを見逃しますってことは、打率を自分で下げてるからね」と慎重打法を批判している。今浪本人は、それは無死満塁の状況でも変わらない話であるとしている。あくまでプロ野球で慎重打法が成立する人はいるとは注釈をつけているが、アマチュア野球でファーストストライクを見逃しているような人はそもそもプロの水準には達していないという趣旨の話をしている。相手が超一流の投手で、7回まで安打を1本も打てていないが相手は70球投げているという状況でも、自分が監督ならファーストストライクは狙うとしており、その理由として「ちゃんとファーストストライクを狙っていたらそんな状況にはならない」という内容の話をしている[33]。
- 引退後にスポーツメンタルコーチの立場で「なぜプロ野球選手は入団から年々太っていくのか?」という質問を受けた際は「年143試合を月曜休み以外、週6回行う1シーズンを戦い抜くには脂肪が必要」という趣旨の回答をしている。今浪自身は現役時代に体脂肪率が6~7%程度しかなかったため、周囲から「体脂肪率が低すぎるので脂肪を付けろ」と言われ、トレーナーからも「2桁台まではちょっといきたいね」と指導された[34]。
- 「打撃は水物だが守備や走塁に不調はない」という考えについては「打撃は水物」は肯定しつつも「守備や走塁に不調はない」は否定している。その上で「盗塁のスタートには物凄い技術が詰め込まれている上に勇気が必要であり、一度失敗体験があると恐怖で反応が鈍る」という内容の回答で、盗塁においては走塁の不調はあるとしている。同じ走塁でも打球判断に関しては、恐怖が頭をよぎれば慎重になって走塁死する確率が下がることから、不調は無いという。守備もやはり失敗体験による恐怖が影響し、内野手ならバウンドが合わなくなることがあると解説している。「守備や走塁に不調はない」という主張は、あまり盗塁しない人、内野手を守らない人の意見(外野守備にも不調はあると断りを入れているが、記録に残るエラーという形では表面化しづらいと添えている)だと私見を述べている[35]
詳細情報 編集
年度別打撃成績 編集
年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2008 | 日本ハム | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
2009 | 5 | 4 | 4 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .250 | .250 | .250 | .500 | |
2010 | 29 | 50 | 45 | 1 | 11 | 1 | 0 | 0 | 12 | 3 | 0 | 0 | 2 | 0 | 3 | 0 | 0 | 11 | 1 | .244 | .292 | .267 | .559 | |
2011 | 84 | 197 | 179 | 12 | 43 | 7 | 1 | 0 | 52 | 8 | 3 | 1 | 10 | 0 | 8 | 1 | 0 | 18 | 0 | .240 | .273 | .291 | .563 | |
2012 | 13 | 18 | 18 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .167 | .167 | .167 | .333 | |
2013 | 91 | 150 | 128 | 11 | 31 | 4 | 0 | 0 | 35 | 14 | 0 | 1 | 6 | 3 | 13 | 0 | 0 | 11 | 1 | .242 | .306 | .273 | .579 | |
2014 | ヤクルト | 13 | 41 | 38 | 7 | 8 | 1 | 0 | 0 | 9 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 4 | 0 | .211 | .268 | .237 | .505 |
2015 | 68 | 139 | 123 | 13 | 39 | 8 | 0 | 2 | 53 | 13 | 1 | 0 | 3 | 1 | 12 | 0 | 0 | 14 | 1 | .317 | .375 | .431 | .806 | |
2016 | 94 | 240 | 201 | 22 | 56 | 9 | 3 | 1 | 74 | 28 | 0 | 1 | 3 | 4 | 30 | 0 | 2 | 25 | 3 | .279 | .371 | .368 | .739 | |
2017 | 7 | 17 | 15 | 1 | 4 | 1 | 1 | 0 | 7 | 2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .267 | .313 | .467 | .779 | |
通算:10年 | 405 | 857 | 752 | 67 | 196 | 31 | 5 | 3 | 246 | 69 | 4 | 3 | 25 | 8 | 70 | 1 | 2 | 84 | 7 | .261 | .322 | .327 | .649 |
年度別守備成績 編集
- 内野守備
年 度 |
球 団 |
一塁 | 二塁 | 遊撃 | 三塁 | ||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 | ||
2009 | 日本ハム | - | - | 2 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | 3 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | ||||||||||
2010 | - | - | 14 | 14 | 25 | 2 | 7 | .951 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |||||||||||
2011 | - | 45 | 37 | 63 | 0 | 9 | 1.000 | 38 | 41 | 87 | 3 | 17 | .977 | 13 | 6 | 19 | 0 | 0 | 1.000 | ||||||
2012 | - | 2 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | 5 | 4 | 12 | 2 | 1 | .889 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | ||||||
2013 | - | 46 | 55 | 82 | 1 | 17 | .993 | 3 | 1 | 5 | 0 | 0 | 1.000 | 29 | 6 | 13 | 1 | 1 | .950 | ||||||
2014 | ヤクルト | - | - | 13 | 13 | 24 | 1 | 2 | .974 | - | |||||||||||||||
2015 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | - | 37 | 40 | 77 | 4 | 11 | .967 | 8 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | ||||||
2016 | 47 | 241 | 20 | 1 | 17 | .996 | - | 10 | 12 | 24 | 1 | 6 | .973 | 14 | 9 | 14 | 2 | 2 | .920 | ||||||
2017 | 3 | 13 | 0 | 0 | 3 | 1.000 | - | - | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | |||||||||||
通算 | 51 | 255 | 20 | 1 | 20 | .996 | 93 | 92 | 147 | 1 | 26 | .996 | 122 | 126 | 257 | 13 | 44 | .967 | 71 | 22 | 50 | 3 | 3 | .960 |
- 外野守備
年 度 |
球 団 |
外野 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 | ||
2013 | 日本ハム | 2 | 3 | 0 | 1 | 0 | .750 |
通算 | 2 | 3 | 0 | 1 | 0 | .750 |
記録 編集
- 初出場:2008年8月20日、対千葉ロッテマリーンズ19回戦(東京ドーム)、5回裏に髙橋信二の代打で出場
- 初打席:同上、5回裏に清水直行から二塁ゴロ
- 初安打:2009年9月1日、対千葉ロッテマリーンズ18回戦(千葉マリンスタジアム)、7回表に大嶺祐太から二塁内野安打
- 初先発出場:2010年4月16日、対埼玉西武ライオンズ4回戦(西武ドーム)、8番・遊撃手で先発出場
- 初打点:2010年4月25日、対東北楽天ゴールデンイーグルス6回戦(クリネックススタジアム宮城)、6回表に田中将大から押し出し四球
- 初盗塁:2011年6月5日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、9回表に二盗(投手:西村健太朗、捕手:阿部慎之助)
- 初本塁打:2015年5月24日、対広島東洋カープ10回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、4回表に福井優也から右越2ラン
背番号 編集
- 45 (2007年 - 2014年途中)
- 59 (2014年途中 - 2017年)
登場曲 編集
- SEKAI NO OWARI 『スターライトパレード』 (2014年 - 2017年)
脚注・注釈 編集
脚注 編集
- ^ “野球 - 夢はプロ野球選手、高校野球にはまったく興味がなかった 今浪隆博1 | 4years. #学生スポーツ”. 4years. 2022年11月16日閲覧。
- ^ “野球 - 夢はプロ野球選手、高校野球にはまったく興味がなかった 今浪隆博1 | 4years. #大学スポーツ”. 4years. 2021年4月23日閲覧。
- ^ “球道夢限 第4回 今浪隆博(商4)”. 明大スポーツ新聞部. 2012年10月31日閲覧。
- ^ “野球 - 夢はプロ野球選手、高校野球にはまったく興味がなかった 今浪隆博1 | 4years. #学生スポーツ”. 4years. 2022年11月16日閲覧。
- ^ “野球 - 野球をやめると決めたラストイヤーで活躍、思いがけないプロ指名 今浪隆博2 | 4years. #大学スポーツ”. 4years. 2021年4月23日閲覧。
- ^ a b c d “野球 - 自分を追い込み苦しんだ日ハム時代、開き直ったヤクルト時代 今浪隆博3 | 4years. #大学スポーツ”. 4years. 2021年4月23日閲覧。
- ^ a b “ヤクルト増渕とハム今浪が交換トレード”. 日刊スポーツ (2014年3月31日). 2021年4月4日閲覧。
- ^ a b “ヤクルト・増渕と日本ハム・今浪が緊急トレード”. サンケイスポーツ (2014年3月31日). 2021年4月4日閲覧。
- ^ “ヤクルト30歳今浪「気持ちよかった」プロ初アーチ”. 日刊スポーツ (2015年5月24日). 2021年4月4日閲覧。
- ^ “ヤクルト:抹消の今浪、特例措置適用第1号に”. 毎日新聞. (2016年6月24日) 2020年9月28日閲覧。
- ^ “甲状腺機能低下症と戦ったヤクルト今浪 想像超える苦しみに記者のペン止まる”. スポーツニッポン. 2016年10月14日閲覧。
- ^ a b “愛された男・今浪隆博の「勝負強さ」を受け継ぐために必要なこと 文集オンラインpage2”. 2021年4月23日閲覧。
- ^ “戦力外通告について”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2017年10月3日). 2017年10月3日閲覧。
- ^ “ヤクルト今浪引退「僕の体では戦えない、橋本病」”. 日刊スポーツ (2017年10月3日). 2017年10月3日閲覧。
- ^ a b “【野球】病気と闘い続けた今浪惜しまれながら引退 ファンへ「11年間ありがとう」/デイリースポーツ online”. デイリースポーツ online. 2021年4月23日閲覧。
- ^ 晶一, 長谷川. “元ヤクルト・今浪隆博が語った“突然の病”と“引退の理由”page2”. 文春オンライン. 2021年5月1日閲覧。
- ^ “ヤクルト今浪、引退は「広岡大志に押し出されたと」 - プロ野球 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2021年5月1日閲覧。
- ^ “スポーツメンタルコーチ プロフィール 今浪 隆博(いまなみ たかひろ)”. Motive Wave. 2021年4月4日閲覧。
- ^ “元ヤクルト今浪隆博 部員10人の軟式野球チームで新たな挑戦”. NEWS ポストセブン. (2020年11月20日) 2020年11月23日閲覧。
- ^ “今浪隆博監督 選手データ”. ゴリラクリニックベースボール. 2021年2月13日閲覧。
- ^ “【佐藤春佳のスポーツブレーク】ヤクルト・今浪、波瀾万丈だった現役生活 - SANSPO.COM(サンスポ)”. www-sanspo-com.cdn.ampproject.org. 2021年4月23日閲覧。
- ^ (日本語) 山本昌&今中&攝津のもっと評価されてもいいと思う選手は?【ピッチャーズバイブル】 2023年11月16日閲覧。フルタの方程式 動画4:57
- ^ 株式会社財界さっぽろ. “今浪隆博選手 | 北海道日本ハムファイターズ | アスリートインタビュー | 財界さっぽろ”. 財界さっぽろ ONLINE. 2020年11月22日閲覧。
- ^ “元ヤクルト今浪隆博 部員10人の軟式野球チームで新たな挑戦”. NEWSポストセブン. 2021年9月16日閲覧。
- ^ 晶一, 長谷川. “「本当にそれでいいのか?」 元スワローズ・今浪隆博が、迷える廣岡大志に伝えたいこと”. 文春オンライン. 2021年5月1日閲覧。
- ^ “【プロ野球引退物語2017】 不思議なキャラで愛された今浪隆博(ヤクルト)の渋い野球人生”. 週刊野球太郎. 2021年3月29日閲覧。
- ^ “【プロ野球】「いじられ役」から「スベリ芸人」まで! ヤクルトが誇るユーティリティープレーヤーはこの選手だ!page2”. デイリースポーツ (2016年12月17日). 2021年3月30日閲覧。
- ^ INC, SANKEI DIGITAL. “【佐藤春佳のスポーツブレーク】ヤクルト・今浪、波瀾万丈だった現役生活”. SANSPO.COM. 2021年5月1日閲覧。
- ^ “ヤクルト・今浪が語る“チルドレン”中島&西川の「1億円事件」”. スポニチ Sponichi Annex. 2021年3月29日閲覧。
- ^ “今浪 古巣ハムの「今浪チルドレン」に毒舌エール 西川劇弾も「遅い、遅い」”. スポニチ Sponichi Annex. 2021年3月29日閲覧。
- ^ HISATO. “愛された男・今浪隆博の「勝負強さ」を受け継ぐために必要なこと”. 文春オンライン. 2021年4月23日閲覧。
- ^ “野球 - 苦しんだ経験を活かし、選手が楽にプレーできるように助けたい 今浪隆博4完 | 4years. #大学スポーツ”. 4years. 2021年4月23日閲覧。
- ^ ファーストストライクは打ちにいくべき?1球でアウトになるかも… 今浪隆博のスポーツメンタルTV 2023/04/26 (2023年4月29日閲覧)
- ^ なんでプロ野球選手って年々太っていくんですか? 今浪隆博のスポーツメンタルTV 2022/09/12 (2022年9月19日閲覧)
- ^ 「バッティングは水物。守備や走塁にスランプはない」←これ本当? 今浪隆博のスポーツメンタルTV 2023/05/08 (2023年5月8日閲覧)
注釈 編集
- ^ ただし、支配下ドラフト指名された入団1年目の選手が実際に戦力外通告を受ける例は非常に稀であり、素行不良などの本人の責に帰する問題が無ければ普通は有り得ない。そのため、日本ハム側は今浪に対して発破をかけるつもりだった可能性が高い。
関連項目 編集
外部リンク 編集
- 個人年度別成績 今浪隆博 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube
- 今浪隆博 (@nami4559) - Twitter
- スポーツメンタルコーチ 今浪 隆博(いまなみ たかひろ)