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仙台市立広瀬中学校(せんだいしりつ ひろせちゅうがっこう)は、宮城県仙台市青葉区愛子中央一丁目にある公立中学校。通称は「広中」(ひろちゅう)。宮城県一のみならず、東北一の生徒数の多い中学校である。生徒数は全国第2位のマンモス校であり、生徒数が多すぎるため、教室の確保が難しくなりつつある状況であったが、2019年4月1日に仙台市立錦ケ丘中学校が本校より分離開校するため、現在より生徒数は減少する見通しである。

仙台市立広瀬中学校
仙台市立広瀬中学校玄関
過去の名称 広瀬村立広瀬中学校
宮城村立広瀬中学校
宮城町立広瀬中学校
国公私立 公立学校
設置者 仙台市
設立年月日 1947年4月1日
開校記念日 11月1日
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
所在地 989-3128
仙台市青葉区愛子中央一丁目9番1号
外部リンク 公式サイト
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目次

歴史編集

西暦年(元号年) 生徒数 教職員数 学級数
1947年(昭和22年) 349 13 12
1955年(昭和30年) 553 20 12
1956年(昭和31年) 551 20 12
1957年(昭和32年) 535 20 12
1958年(昭和33年) 503 18 11
1959年(昭和34年) 486 18 11
1960年(昭和35年) 570 19 12
1961年(昭和36年) 675 21 14
1962年(昭和37年) 785 24 16
1963年(昭和38年) 783 26 17
1964年(昭和39年) 773 26 17
1965年(昭和40年) 479 17 12
1966年(昭和41年) 446 21 13
1967年(昭和42年) 442 21 13
1968年(昭和43年) 439 22 13
2013年(平成25年) 1020

1947年(昭和22年)4月1日、この年度から発足した新制中学校の一つとして、宮城郡広瀬村に開校した。開校時は広瀬小学校の教室を借り、同年中に下愛子字勘太に建てられた木造一階瓦葺の校舎に移った。面積が広く東西に長い広瀬村の唯一の中学校であったが、合併で宮城村が成立してから、1965年(昭和40年)に学区の西部を新設の熊ヶ根中学校に譲った[1]

年表編集

  • 1947年昭和22年)4月 - 広瀬村立として開校
  • 1955年(昭和30年)2月1日 - 宮城村立広瀬中学校に改称(広瀬村と大沢村が対等合併で宮城村となったため)
  • 1963年(昭和38年)- 宮城町立広瀬中学校に改称(町制施行のため)
  • 1965年(昭和40年) - 宮城町立熊ヶ根中学校が新設。
  • 1985年(昭和60年)4月 - 郷六地区を仙台市立折立中学校へ編入。
  • 1987年(昭和62年)11月1日 - 仙台市立広瀬中学校に改称(宮城町が仙台市に吸収合併のため)

[2]

学区編集

所在地編集

  • 仙台市青葉区愛子中央一丁目9番1号

出身著名人編集

部活動編集

 
広瀬中学校、向こう側がプレハブ校舎

宮城県内でも数少ない中学の弓道部が当中学校にある(※宮城県内に弓道部がある中学校は当校の他に東北学院中学校利府町立利府中学校利府町立しらかし台中学校多賀城市立多賀城中学校多賀城市立東豊中学校多賀城市立高崎中学校宮城県古川黎明中学校・高等学校の8校のみ)。

  • 運動部
    • 野球部、ソフトボール部、陸上競技部、卓球部、バスケットボール部、バレーボール部、サッカー部、ソフトテニス部、新体操部、剣道部、柔道部、弓道部
  • 文化部
    • 吹奏楽部、合唱部、美術部、生活文化部、囲碁将棋部、科学部

生徒数などの推移編集

その他編集

  • 生徒数が1000人以上になり、プレハブ教室で授業を受けているため仙台市は学区内に2019年以降に中学校を新設することを決めたが、それ以前に錦ヶ丘小学校を設立したため、錦ヶ丘中学校設立が遅延。[6](錦ケ丘中学校)。

関連項目編集

脚注編集

参考文献編集

  • 宮城町誌編纂委員会『宮城町誌』(本編)、宮城県宮城町役場、1969年。

外部リンク編集