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地理編集

旧居留地の東から2番目の筋にあたる。商業地域で事務所ビルが立ち並ぶ。

北から東にかけてが東町、南が海岸通、西は江戸町。 丁目には分かれず、旧来からの地番が他の旧居留地内の町々と共有で割り振られている。

歴史編集

当初は居留地内の東西5本南北8本の道路の名の一つで、東から2番目にある幅7.5m・長さ232.2mの道路が初代兵庫県知事伊藤博文に肖って名づけられた。これが正式な町名となるのが明治32年(1899年)の居留地返還時のことである。

人口統計編集

  • 平成17年国勢調査2005年10月1日現在)での世帯数34、人口59、うち男性24人、女性35人[1]
  • 昭和63年(1988年)の世帯数・人口なし[2]
  • 昭和35年(1960年)の世帯数2・人口12[2]
  • 大正9年(1920年)の世帯数10・人口37[2]
  • 明治34年(1901年)の戸数5・人口15[2]

施設編集

『角川日本地名大辞典』(1988年)によれば、神戸港郵便局・神戸生糸取引所・兵庫相互銀行事務センター・三井生命住友三宮ビル・貿易ビルがあるという[2]

脚注編集

参考文献編集

  • 『神戸の町名 改訂版』神戸史学会、神戸新聞総合出版センター、2007年。ISBN 978-4-343-00437-6
  • 角川日本地名大辞典 28 兵庫県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会 竹内理三、角川書店、1988年。ISBN 978-4040012803