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伊賀氏広

伊賀 氏広(いが うじひろ、1886年9月8日 - 1966年2月25日)は、日本の飛行機製作の先駆者。男爵南部信俊の父。妻は岩村通俊(男爵・旧家臣系)の娘の北子。子に伊賀氏英


目次

略歴編集

  • 1910年(明治43年) - この年4月、日野熊蔵徳川好敏により日本航空機初飛行が行われた。ただし両者の飛行はともに輸入された外国製飛行機である。東京都文京区宮下町の伊賀家屋敷に閉じこもり、飛行機制作に必要な学問に関する洋書を読み漁り、「浮揚面を傾斜せしめて進行し、翼の裏面に風圧を受けて空中に浮揚すべき構造」の双葉飛行機模型を製作。ゴム動力により飛行に成功。東京帝国大学教授田中舘愛橘博士の奨めにより、9月に「伊賀式双葉空中飛行機」の名で特許をとる。新聞各紙で大々的に報じられ、日野熊蔵、徳川好敏、都築鉄三郎磯部鉄吉、徳永熊雄(陸軍気球連隊隊長)、山田猪三郎奈良原三次中島知久平榊原郁三太田祐雄ら、同じく新時代の科学技術黎明期の当時の日本で、飛行機制作、操縦、その他の機械技術を研究を志す者と交流を深める。太田はのちに、氏広の飛行試験を手伝っているときに負傷している。これら、以降も航空機研究と制作にかかった資金は、基本的に伊賀家の私財である。またこの年、日本飛行機協会(のちの日本航空協会)を設立。仮の事務所を伊賀家屋敷として、主に資金面での協力者を探すが難航する。
  • 1911年(明治44年) - 陸軍除隊。竹製の構造の翼を持つ「伊賀式滑空機」を完成させた。3月に東京の板橋にあった競馬場にて自動車の牽引による試験を行ったが、競馬場の地表面の凹凸で車輪を破損し、飛行には失敗。氏広はただちに動力飛行機の制作を始め、雑誌「科学世界」の発行主柳原喜兵衛からの資金援助の申し出を受けた。エンジンは大阪の島津楢蔵(国産オートバイの先駆)が制作した。このエンジンは航空機用発動機として日本最初のものとなる。12月に全長8m・純国産第1号の単葉飛行機「伊賀式舞鶴号」を完成させた。12月24日に東京の代々木練兵場(現・代々木公園。丁度一年前に日本航空機初飛行の地)にて、田中館博士や徳川好敏ら飛行機研究の同士の面々、新聞各社の立ち合いで離陸・滑空に臨んだが、島津楢蔵制作の3気筒発動機の1気筒が動かず、馬力不足で滑走のみとなり、飛行には至らなかった。機体は日野熊蔵が引き取り「日野式3号機」として翌年も改良と試験が行われたが、飛行に成功することは無かった。
  • 1912年 - この頃、飛行機研究による莫大な散財を主な理由として、親族一同の反対により飛行機研究を断念する。構想していた「伊賀式複葉機」は完成に至らなかった。
  • 1913年(大正2年) - 伊賀氏旧領で故郷である宿毛に帰り、1930年(昭和5年)まで16年間一町民として暮らす。この間、首謀団に所属し、装備の近代化を行う。火事の際は真っ先に駆けつけていた、とされる。
  • 1915年(大正4年)5月19日 - 隠居[1]
  • 1929年(昭和4年) - 地元消防団の近代化(機械式ポンプ導入など)への貢献が認められ、大日本消防協会高知県代議員となり、のちに副会長を務める。
  • 1930年(昭和5年) - 東京に移る。

1934年(昭和9年) - 民生産業日本ヂイゼル株式会社)の設立に参加。設立後は営業部長を務める。ドイツクルップ/ユンカースと提携して、日本の自動車開発の発展につとめた。

  • 1942年(昭和17年) - 安達工業事務所長に就任。また竹中工具製作所の相談役でもあった。終戦と同時に退職し以後仏像研究で余生を送った。
  • 1966年(昭和41年)2月25日 - 没、79歳。墓所は宿毛の東福寺山。

死亡時、東京の新聞では「空の男爵七十九才で逝く 国産第一号機を製作」と報じられた。

栄典編集

日本航空協会の創設編集

国民の航空に対する関心を深める必要を痛感した伊賀は、日本における航空協会の創設を計画した。1910年(明治43年)には自宅を事務所として日本飛行機協会を立ち上げたが、当時はまだ飛行機の認知度も低く活動は困難を極めた。しかし彼の努力が報いられて、会長、副会長に当時の一流人物である大隈重信阪谷芳郎がそれぞれ就任すると、会員数は急増し、事務所は東京の日比谷にまで進出した。

日本飛行機協会は、のちに帝国飛行協会と合併して、現在の日本航空協会となった。

その他編集

大正3年、林有造を社長とし、藤田昌世を技師長とした予土水産会社が創立された。氏広もこれに参加し、同社は宿毛湾丸島付近の海で真円真珠生産に成功した。

脚注編集

  1. ^ 『官報』第840号、大正4年5月22日。
  2. ^ 『官報』号外「授爵叙任及辞令」1900年5月9日。

参考資料編集

関連項目編集

外部リンク編集

日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
伊賀家初代
1900年 - 1915年
次代:
伊賀氏英