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伊賀組(いがぐみ)は江戸幕府における百人組の一つ[1]。百人組は同心百人が配属されたことから鉄砲百人組とも称される[2]。長は組頭と称した[3]。伊賀組は神君伊賀越えの際道中を警護した伊賀忍者の子孫から構成され[4]江戸城大手三門の警備を担当し、甲賀組根来組二十五騎組とともに百人番所に詰めた[5]組頭服部仲など。組屋敷四谷仲町、後に伊賀町に与えられていた。

脚注編集

  1. ^ デジタル大辞泉"いがぐみ【伊賀組】の意味 - 国語辞書"goo辞書(2011年8月27日閲覧。)
  2. ^ 大辞泉"てっぽう‐ひゃくにんぐみ【鉄砲百人組】の意味とは Archived 2012年7月8日, at Archive.is"Yahoo!辞書(2011年8月27日閲覧。)
  3. ^ デジタル大辞泉"くみがしら【組頭/与頭】の意味 - 国語辞書"goo辞書(2011年8月27日閲覧。)
  4. ^ 田中興毅"なぜ忍術は伊賀・甲賀で発達したのか?戦国乱世の時代相"(2011年8月27日閲覧。)
  5. ^ 三重県東京事務所"三重県東京事務所/皇居東御苑と伊賀組(神宮杉) Archived 2012年3月3日, at the Wayback Machine."(2011年8月27日閲覧。)

関連項目編集