メインメニューを開く
国道399号標識

伊達橋(だてはし)は、福島県伊達市にある道路橋である。

伊達橋(写真左側が車道橋、右側が歩道橋)

目次

概要編集

車道橋
  • 全長…288m
    • 主径間…71.7m
  • 幅員…7m
  • 形式…4径間鋼連続下路式ワーレントラス橋
  • 竣工…1966年
歩道橋
 
伊達橋(歩道橋)
  • 全長…263.31m
    • 主径間…60.3m
  • 幅員…2.5m
  • 形式…2径間鋼下路式ワーレントラス橋+3径間鋼連続下路式ポニートラス橋+単径間鋼鈑桁橋
  • 竣工…1921年

伊達郡伊達町中心市街地西部で一級河川阿武隈川を渡り、国道399号(伊達街道)を通し、車道用、歩道用2本の橋が現在供用されている。車道橋の東詰は箱崎字沖前、西詰は前川原に位置し、歩道橋の東詰は箱崎字沖前と字中川端の、西詰は前河原と水抜のそれぞれ境を成している。車道橋部分は当地に架けられた橋梁としては3代目に当たる1966年に竣工した全長288mのワーレントラス橋であり、橋上は上下対向2車線で供用されている。総工費は2億6,848万円。上部工は宮地鐵工所による施工である[1]

歩道橋部分は2代目の橋梁にあたる1921年に竣工したポニー・ワーレントラス橋であり、旧伊達橋と呼ばれている。1971年まで福島交通飯坂東線の鉄道道路併用橋として供用されていたが、路線廃止に伴いトラス部分の改修とレール撤去などの改修工事が行われ歩道橋へ改築された[2]。近代土木遺産B群に指定されている。

沿革編集

阿武隈川東岸にある保原や箱崎地区の増水時の交通不便を解消するため、渡し船に変わる架橋をすべく箱崎の有力者、小野経一を中心に伊達中央橋組合が設立され、1907年(明治37年)に当地における初代橋梁、「伊達中央橋」が開通した。全長245m、幅員3.6mの木製橋で有料橋として運営されていた。総工費は当時の価格で6,966円。1908年(明治41年)には信達軌道(後の福島交通飯坂東線)が開業し、列車が橋を渡るようになった。軌道の開業により西岸の長岡は物流のハブとして重要な拠点となり、相対的に郡役所を請願の末獲得した桑折の拠点性は低下していく。

1913年(大正2年)、阿武隈川で大規模な増水が発生し橋梁が流出。私営の橋であったために再架橋に必要な資金が賄えず、この地は再び渡し船を利用することになったが、不便であったため即座に伊達郡議会は県知事に対し鉄製永久橋架設の意見書を提出し、必要性が県議会で認められ補助金の拠出が決定した。 一方、長岡、箱崎の北に位置する桑折では新たな架橋位置を下流の桑折寄りにするよう建設費の拠出と引き換えに郡議会に根回しをしており、当地に架替をするものと思っていた長岡・箱崎側は劣勢に立たされる。郡役所の保原からの移転に関し桑折に協力したにもかかわらず掌を返される形になった長岡の人々は郡議会当日、郡役所などを10,000人以上の大群衆で取り囲み議会の妨害を図ったが警察により排除され、議会で桑折寄りの伏黒での架橋が決定。これを知った長岡の住民は賛成した議員などの自宅へ投石や放火を行い、16名が有罪となる「伊達橋騒擾事件」が発生し全国に報道されることとなる。

議決された位置に架橋された大正橋が着工した1年後の1916年(大正5年)、なんとか県、郡、保原等の他町村や信達軌道の資金援助をうけ長岡村営の鉄道道路併用橋として2代目となる伊達橋が着工された。資金難を乗り切るため鉄道省から中古の鉄道橋梁のトラス橋桁を払い下げを受け、道床を鉄板敷きから杉板敷きに変更することとなった。1920年(大正9年)7月の完成を目指していたが洪水の影響により橋桁の損壊があったため、遅れて1921年7月に竣工した。総工費は当時の価格で168,640円。後に信達軌道線も復旧し1926年(大正15年)、架線柱が増築され改軌電化された。竣工時は鉄道用100フィートポニートラスを使った7径間下路式トラス、2径間ガーダー橋であり、第4径間はスパンが足りなかったため100フィートトラスを2連つなぎ合わせ全長、全高ともに2倍に増やし接合したワーレントラスになっている。

1971年に機動戦が廃止された後、1978年(昭和53年)、第5・第6径間のポニートラス2連が老朽化のために1連ワーレントラスに架け替えられ、またガーダー橋部分の改修により現在の6径間下路式トラス・1径間ガーダー橋となった。1979年、50mほど下流に3代目となる車道橋が1966年に開通していたために歩道橋に改修された。

隣の橋編集

(上流) 月の輪大橋 - 伊達橋 - 大正橋 (下流)

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ 伊達橋1967- - 土木学会附属図書館
  2. ^ 伊達橋1921- - 土木学会付属土木図書館、2015年7月4日閲覧。

座標: 北緯37度49分11.2秒 東経140度30分37.6秒