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日本 > 鹿児島県 > 日置市 > 伊集院町野田

伊集院町野田(いじゅういんちょうのだ Ijūin-Chō Noda)は、鹿児島県日置市大字。旧日置郡伊集院郷野田村、日置郡下伊集院村大字野田、日置郡伊集院町野田。人口は262人、世帯数は126世帯(2010年10月1日現在)[1]郵便番号は899-2442。

伊集院町野田
伊集院町野田の位置(鹿児島県内)
伊集院町野田
伊集院町野田
北緯31度39分0.7秒 東経130度23分3.3秒 / 北緯31.650194度 東経130.384250度 / 31.650194; 130.384250
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 鹿児島県
市町村 日置市
地域 伊集院地域
人口
(2010年10月1日現在)
 • 合計 262人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
899-2442

目次

地理編集

日置市の中部、野田川の中流域に位置している。字域の北方には東市来町養母、南方には伊集院町妙円寺伊集院町寺脇、西方には東市来町美山、東方には伊集院町桑畑がそれぞれ接している。

字域の中央部を野田川が蛇行しながら西方へ流れており、幅300メートルほどの平地を形成している。平地の北端部を国道3号が東西に通り、沿線に集落が点在している[2]

旧東市来町との境界には1888年明治21年)開通の朝日隧道がある[3]

河川編集

  • 野田川

歴史編集

 
旧下伊集院村における野田(黄色)の位置

成立から町村制施行まで編集

野田という地名は鎌倉期より見え、薩摩国伊集院のうちであり、建久8年の薩摩国図田帳に伊集院のうちとして見えるのが野田の初見であると考えられている[4]

江戸期には薩摩国日置郡伊集院郷(外城)のうちであり、村高は天明8年には485石余、「天保郷帳」には416石余、「旧高旧領」には445石余であったと記されている[3]

村域内を郡山往還が通り、支道が苗代川村に分岐していた[3]

町村制施行以降編集

1889年明治22年)に町村制が施行されたのに伴い、伊集院郷の北部の区域より下伊集院村が成立し、江戸期の野田村は下伊集院村の大字「野田」となった[3]

1879年明治12年)に字域内に小学校が設置されたが、後に桑畑簡易科小学校と合併し桑野簡易科小学校となるが1892年明治25年)に上神殿小学校に統合された[3]

1956年昭和31年)には下伊集院村が伊集院町東市来町日吉町郡山町に分割編入される際に、大字野田の区域は伊集院町に編入され伊集院町の大字となった[3]1979年(昭和54年)に字域の一部が妙円寺に編入された[5]

2005年(平成17年)には伊集院町が東市来町日吉町吹上町と共に新設合併し、日置市の大字「伊集院町野田」となった[6]

字域の変遷編集

実施後 実施年 実施前
妙円寺一丁目から妙円寺三丁目までの一部 1979年昭和54年) 野田の一部


人口の変遷編集

統計年次〔年〕 世帯数〔世帯〕 総人口〔人〕 出典
1881年明治14年) 109 504 『県地誌』[3]
1950年昭和25年) 180 861 [3]

施設編集

公共
  • 野田公民館
  • 伊集院総合運動公園(公園内は伊集院町寺脇と住所が混在している。)

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[7]

大字 小字 小学校 中学校
伊集院町野田 全域 日置市立伊集院北小学校 日置市立伊集院北中学校

交通編集

道路編集

国道

脚注編集

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  1. ^ 2.男女別人口及び世帯数 - 町丁・字等(CSVファイル)( 平成22年国勢調査 小地域集計 46鹿児島県) - 総務省統計局 2012年5月6日閲覧。
  2. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 p.1050 角川書店
  3. ^ a b c d e f g h 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 p.514 角川書店
  4. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』 p.513-514
  5. ^ 角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.614
  6. ^ 日置市の住所表示 - 日置市 2012年5月6日閲覧。
  7. ^ 日置市立小学校及び中学校の通学区域に関する規則 - 日置市例規集 2012年5月6日閲覧。

関連項目編集