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佐々木史朗(ささきしろう、1939年1月22日[1] - )は日本映画プロデューサー関東州大連市出身[2]。本名は佐々木正路(ささき まさみち)[2]。詩人、パフォーマーの三上その子は長女[3]

おもなプロデュース作品は『ヒポクラテスたち』『転校生』『家族ゲーム』『20世紀ノスタルジア』『ナビィの恋』など。

人物編集

山口県立岩国高等学校卒業。1959年早稲田大学を中退し、鈴木忠志別役実らと早稲田小劇場を設立[4]1963年よりTBSテレビ演出部に勤務。1970年にTBSを退社後、TBSとの共同出資で「東京ビデオセンター」を設立しテレビ番組の製作を手がける[4]

1978年、会社創立7周年記念映画『星空のマリオネット』を製作した際、日本アート・シアター・ギルド (ATG) と出逢ったことがきっかけで映画界に進出[2]1979年からATG二代目社長を兼務し、橋浦方人大森一樹長崎俊一森田芳光井筒和幸根岸吉太郎らの作品をプロデュースし[2]自主映画成人映画出身の若手監督に一般劇場映画を撮る機会を与えた[5]。また、大林宣彦の「尾道三部作」初作となる『転校生』が、クランクイン一週間前にスポンサーが降りて苦境に陥った際、東宝のプロデューサーから相談を受け、松竹日本テレビに話をつないで映画の実現に協力した[6]

1989年、ほかの5人の独立系プロデューサーと共にアルゴプロジェクトに参加し、邦画の新たな配給興行体制を試みる[2]。1993年、プロデュース事務所「オフィス・シロウズ」を設立し、代表に就任[4]。その後も中江裕司李相日沖田修一らを送り出した[2]

1998年、日本映画製作者協会代表副理事長[3]。2006年、早稲田大学客員教授・のち退職[3]。2007年立命館大学映像学部客員教授・のち退職[3]。2007年、日本映画大学(2011年開校)の理事長に就任[7](2018年まで)。

2004年、日本アカデミー賞協会特別賞を受賞[8]

担当作品編集

脚注編集

  1. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.543
  2. ^ a b c d e f 映画プロデューサー 佐々木史朗”. 東京国立近代美術館フィルムセンター (2017年6月). 2018年10月6日閲覧。
  3. ^ a b c d 読売人物データベース
  4. ^ a b c したコメ人”. 第6回下町コメディ映画祭in台東 (2013年). 2018年10月6日閲覧。
  5. ^ 「映画プロデューサー 佐々木史朗」”. 文化庁広報誌ぶんかる (2017年6月6日). 2018年10月6日閲覧。
  6. ^ 東京国際映画祭事務局 作品チーム・アドバイザー 森岡道夫さんロングインタビュー 第1回 東宝プロデューサーを経て映画祭に入るまで”. 東京国際映画祭2014 (2013年4月19日). 2018年10月6日閲覧。
  7. ^ 2011年春開学、「日本映画大学」佐々木史朗理事長に聞く!”. 文化通信.com (2010年12月20日). 2018年10月6日閲覧。
  8. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報
  9. ^ BALS/オフィス・シロウズ/バンダイビジュアル/テレビ朝日/幻冬舎/サニーサイドアップ/レプロエンタテインメント
  10. ^ オフィス・シロウズ/バンダイビジュアル/衛星劇場/シネカノン/クオラス/ワコー琉球放送
  11. ^ バンダイビジュアル/ビターズ・エンド/福島民報社/福島テレビ/三春町観光協会/フロンティアワークス/オフィス・シロウズ
  12. ^ 角川映画/オフィス・シロウズ/関西テレビ放送/衛星劇場/トライストーン・エンタテイメント/NTTドコモ/Yahoo! JAPAN/読売新聞社/パレード
  13. ^ バンダイビジュアル/オフィス・シロウズ/讀賣テレビ放送/アスミック・エース/文藝春秋/電通/衛星劇場/パパドゥ/Yahoo! JAPAN/エネット
  14. ^ アミューズ/WOWOW/ショウゲート/ポニーキャニオン/博報堂/オフィス・シロウズ
  15. ^ 関西テレビ放送/バンダイビジュアル/ポニーキャニオン/アスミック・エース/東京テアトル/テレビ新広島/オフィス・シロウズ

外部リンク編集