佐久凧(さくたこ)とは長野県佐久地方である。などの骨組みに紙、などを張って紐で反りや形を整えて作られ、尾を取りつけない角凧で、武者などを描いたりする。

歴史編集

大正時代末期、東京隅田で働いていた佐久凧の創始者・髙橋太忠は、隅田川で揚げられていた江戸凧に魅せられ、1926年昭和元年)野沢町に住居を構えた後、長男の誕生を記念して縦2.25mの大凧を揚げた[1]。また、1927年(昭和2年)には伴野酒造の長男の誕生を祝して、縦2.15mの大凧が作られた[1]

1973年(昭和48年)佐久凧愛好会が発足、2017年時点で「佐久凧保存会 春風会」として活動している[1][2]

種類編集

6畳サイズの大凧や、武者絵凧、唸凧などもある。昔は、藁細工小屋で凧をあげ、所在を確かめあう手段にも使用された。戦前は尾の長い佐久凧も存在したが[3]、現在は尾が無いことが特徴である[2]

脚注編集

  1. ^ a b c ぷらざINFO/この街の仲間たち : 佐久凧保存会 春風会”. sakudaira.info. 2020年11月5日閲覧。
  2. ^ a b Komoronews, 投稿者:. “岸野小児童 「佐久凧」作りに挑戦 春風会が指導” (日本語). 小諸新聞. 2020年11月5日閲覧。
  3. ^ 『佐久市志民俗編上』全1706頁中674P、発行者:長野県佐久市、平成2年2月20日発行