佐川美代太郎

佐川 美代太郎(さがわ みよたろう、1923年12月1日 - 2009年10月30日)は日本漫画家、絵本作家。

経歴編集

本名、小林 仁(こばやし じん)。茨城県真壁郡真壁町(現・桜川市)に生まれる。中央大学卒業。大学卒業後に経理の仕事をしながら、読売アンデパンダン展に投稿を続ける。1953年に読売アンデパンダン展の最多入選を記録したことをきっかけに、プロの漫画家へと転身する。

漫画家としては当初、日本経済新聞連載の『ほいきた君』(のち『へいきの平ちゃん』と改題、1956年 - 1964年)などのナンセンスものを手がけていたが、40歳を過ぎてから東洋大学大学院で中国哲学の講義を聴講すると共に、絵画研究所でクロッキーを学ぶ。1960年代末から『汗血のシルクロード』『望郷の舞』など細密な描写のストーリーものに転じて注目を集める。1972年、『ぐろう』で日本漫画家協会賞奨励賞受賞。

1973年京都精華短期大学(現在の京都精華大学)美術学部デザイン科漫画コース教授に就任。教授として学生の指導にあたると共に、自らも佛教大学文学部仏教学科の3年次に編入学、2年後に卒業してからは佛教大学文学部国文学科に再入学、3年で卒業。1999年、『絵で読む阿弥陀経』で日本漫画家協会賞大賞を受賞。

2009年10月30日、老衰のため死去[1]

参考文献編集

脚注編集