佐脇嵩之

佐脇 嵩之(さわき すうし、宝永4年(1707年)‐明和9年7月3日1772年8月1日))は江戸時代英派絵師

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来歴編集

英一蝶の晩年の門人。名は道賢。字は子岳。通称は甚内または甚蔵。始めは一水と号していたが、後に嵩指、嵩之と称した。他に東窓翁、観中堂、東宿、幽篁斎、幽篁亭、一翠斎、中岳斎、中岳堂、果々観とも号している。元文から明和期に活躍しており、一蝶風の肉筆による風俗画を多く残している。扇面画が多い。墓所は浅草の誓願寺中称名院。 門人に高嵩谷、実子に佐脇嵩雪、実の娘に佐脇英之がいる。

作品編集

作品名 技法 形状・員数 所有者 年代 落款・印章 備考
菅公像 絵馬1面 大宰府天満宮 1747年延享4年) 嵩指」の署名、「嵩之」の印
紅白梅図屏風 六曲一双 豊田市郷土資料館 四季風俗図(四民図)屏風(伝二代英一蝶筆)の裏面[1]
山吹 紙本着色 扇面1本 太田記念美術館

脚注編集

  1. ^ 豊田市郷土資料館編集 『豊田市郷土資料館特別展 「旧家の蔵から~足助の町を彩った商人文化~」』 豊田市教育委員会、2016年9月26日、pp.52-53。

参考文献編集