余裕派(よゆうは)、または彽徊派(ていかいは)、俳諧派(はいかいは)、写生文派[1]写生派[2]は、戦前日本文学の流派の一つ。余裕派という名称は、夏目漱石高浜虚子の小説『鶏頭』の序文で「余裕のある小説」と書いたことに由来する[1]

概要編集

正岡子規写生文に始まり[3]夏目漱石とその門下の作家を中心とする一派であった。

人生に対して余裕を持って望み、高踏的な見方で物事を捉えるという、「低徊趣味的」(漱石の造語)な要素を含む[3]

森鷗外ら『スバル』『三田文学』などによった作家も分類されることもあり、次第に反自然主義の一派と同視され、その境界線は曖昧になっていった。

余裕派とされる人物編集

出典編集

  1. ^ a b c d e f 精選版 日本国語大辞典. “余裕派” (日本語). コトバンク. 2020年7月8日閲覧。
  2. ^ a b c d デジタル大辞泉. “余裕派” (日本語). コトバンク. 2020年7月8日閲覧。
  3. ^ a b c 旺文社日本史事典 三訂版. “余裕派” (日本語). コトバンク. 2020年7月8日閲覧。