保安林
保安林(ほあんりん)は、水を育んだり、土砂崩れなどの災害を防止したり、景観や保健教養などの公益目的を達成するために、伐採や開発に制限を加える森林のことである。目的に合わせて17種の保安林がある[1][2]。
保安林の種類編集
目的に合わせて17種類の保安林がある。
- 水源かん養保安林
- 森林には、降った雨を蓄えて、徐々に河川などに流すようにする働きがある。大雨が降っても、洪水になるのを防いだり、雨が降らない期間が続いても、川の流れが絶えないようにする。
- 土砂流出防備保安林
- 森林内の地面を、樹木の根と落ち葉や下草が覆うことで、雨などによって表土が流されることを防いでいる。また水流によって表土が流された時に、土砂がさらに下流まで流出することを防ぐ。
- 土砂崩壊防備保安林
- 林木の根が、土や岩を繋ぎとめる物理的な力で、山崩れが起こることを防ぐ。
- 飛砂防備保安林
- 砂浜などから飛んでくる砂を防ぎ、隣にある田畑や住宅を守る。海岸の砂地を森林で覆って砂が飛んでいかないようにする場合と、樹木で飛んできた砂を遮断する場合とがある。
- 防風保安林
- 風の強い地域で、樹木の幹や枝葉で障壁をつくって風に抵抗し、風のエネルギーを減殺して風速を緩和することで、被害を防ぐ。
- 水害防備保安林
- 河川が氾濫したときに、樹木が障害となって水の流れを弱め、また漂流物を堰き止めて水害の被害を軽減する。
- 潮害防備保安林
- 津波や高潮の勢いを樹木によって弱め、被害を防ぐ。また、海岸からの塩分を含んだ風を弱め、枝葉によって塩分を捕捉して田畑への塩害を防ぐ。
- 干害防備保安林
- 簡易水道などの、特定の水源と守り、水が涸れることを防ぐ。
- 防雪保安林
- 樹木の幹や枝葉によって障壁をつくって、吹雪から道路などを守る。
- 防霧保安林
- 森林によって空気の流れを乱れさせることで、霧が移動することを防ぎ、また樹木の枝葉によって霧粒を捕捉して霧の被害を防ぐ。
- なだれ防止保安林
- 森林によって雪崩の原因となる雪庇ができることを防ぐ。山腹斜面で樹木が抵抗して雪が滑り出すことを防ぎ、雪崩の発生を防止する。雪崩が発生した時には、森林が障害となって勢いを弱め、また被害の少ない方向へ誘導して被害を防ぐ。
- 落石防止保安林
- 樹木の根で岩石を繋ぎとめて固定し、崩壊を防ぐ。また発生した落石を山腹で阻止し被害を防止する。
- 防火保安林
- 燃えにくい樹種を配置して防火樹帯をつくって、火災のときに延焼することを防ぐ。
- 魚つき保安林
- 水面に陰をつくったり、流れ込む水の汚濁を防いだり、養分の供給などの働きで、魚の棲息と繁殖を助ける。
- 航行目標保安林
- 海岸または湖岸の付近にあって、船舶の航行の目標となる森林を保全して、安全に船舶が航行できるようにする。
- 保健保安林
- 森林レクリエーション等の保健、休養の場として、生活にゆとりを提供する。また、空気の清浄や騒音の緩和など生活環境の保全にも役立つ。
- 風致保安林
- 名所や旧跡などの趣のある景色を構成する要因となっている森林を保存する。
保安林の面積編集
2016年3月現在、重複指定を排除した実面積で1,292万ha。これは森林面積の48.5%、国土面積でも32.2%に相当する[3]。指定される保安林の多くは、水源かん養保安林が保安林全体の71.1%、土砂流出防備保安林が保安林全体の20%を占める。
保安林の指定と解除編集
保安林の指定編集
農林水産大臣または都道府県知事が森林法第25条、25条の2、27条〜33条に基づき保安林として指定する。この場合、森林とは木竹の生育に供される土地を指し、現時点で生育しているか否かは問われない[4]。
保安林の解除編集
保安林の指定目的が消滅したとき(例:保全対象の集落、農地が消滅するなど)、公益上の理由(例:公共用道路の建設、送電施設の設置など)が生じたときに限り解除される。この際、必要に応じて代替施設の設置などを求められることがある。民間企業が営利目的で解除を行うことは事実上不可能である。
農林水産大臣は、保安林の指定又は解除をしようとするときは、あらかじめその保安林予定森林都道府県知事に通知しなければならない(法29条)。
保安林の特例措置と制限編集
保安林の特例措置編集
保安林に指定されると規制内容に応じて優遇される。森林法第35条に基づいて、禁伐または択伐の伐採制限が課せられる保安林については、立木資産の凍結に対する利子相当分の損失補償を受けられる。固定資産税、不動産取得税、特別土地保有税は非課税になる。相続税、贈与税は伐採制限の内容に応じ課税額の3〜8割が控除される。一定の条件の下、保安林維持の為に、日本政策金融公庫から長期で低利に融資を得ることができる[4]。
保安林の制限編集
立木の伐採に関しては都道府県知事への届出(一部については許可)が必要となる。具体的には、皆伐は皆伐限度面積の公表の日から30日以内に許可申請が必要となり、択伐は伐採を開始する日の30日前までに許可申請し、人工林での択伐は伐採を開始する日の90日から20日前までに届出する必要がある。間伐には伐採を開始する日の90日から20日前までに届出する必要がある。 家畜の放牧、下草・落葉・土石・樹根の採取、土地の形質の変更(掘削、盛土等)については都道府県知事の事前の許可が必要である。保安林を造成して住宅を建てるなど将来にわたって森林以外の他の用途に転用する行為は、許可されない。立木の伐採後に森林状態に自然回復しない場合は、植栽の義務がある。 一方で保安林の土地の売買には制限はなく市町村長への届出が必要である[5]。 立木の伐採の強度や伐採後の植栽の方法等に関しては、保安林に指定される際、森林毎に要件が定められる。 制限に反した行為をした場合には、森林法第38条に基づく、中止命令・造林命令・復旧命令・植栽命令の監督処分を行い、森林法第206条〜210条、212条による罰則がある[4]。
指定目的達成の手段編集
水源かん養保安林~防火保安林については、指定の目的を達成するために必要に応じて国、地方自治体は治山事業を実施することができる。
保安林機能強化の一環として、水源林造成事業の実施や、森林法第41条による保安施設事業の実施、特定保安林の指定などがある。保安林には手入れがなされていないなど健全な状態と言えないものがある。公益的な働きが低下している保安林については農林水産大臣が、森林法第39条の3によって特定保安林に指定して、整備を進める。都道府県知事は、特定保安林内で早急な施業が必要なものについては要整備森林に指定し、地域森林計画を明示する。その後、地域森林計画に基づき都道府県知事は森林所有者等の自発的な施業を勧告する。必要がある場合には治山事業を実施する[6]。
保安林の思想編集
燃料や水資源の供給源として、また、防災機能などを有する森林の喪失は、文明の喪失にも繋がることから古くから森林の伐採を制限する法規制が行われてきた。日本では676年に、飛鳥川上流の南淵山(現在の奈良県高取町高取山)周辺の森林伐採を禁止した例[7]が日本書紀の記述から読み取れる。江戸時代には、岡山藩の熊沢蕃山が治水のために保安林的思想を打ち出したほか、江戸幕府も1666年に諸国山川掟を発し、森林の乱開発を戒め植林を促している。