メインメニューを開く

略歴編集

東京都立石神井高等学校卒業後、1958年、東映動画(現・東映アニメーション)の仕上部門に入社、CMやテレビシリーズのトレースを手がける。組合活動を通じて高畑勲宮崎駿の2人と知り合い、『太陽の王子 ホルスの大冒険』にトレースで参加、以後Aプロダクション(現・シンエイ動画)、日本アニメーション等で『母をたずねて三千里』『未来少年コナン』など、多くの作品で仕上チーフ・色指定をつとめる。

1984年『風の谷のナウシカ』に参加して以来、スタジオジブリ劇場用作品のほとんどの色彩設計を担当。『崖の上のポニョ』以降は一線から離れ、宮崎駿監督作品(『パン種とタマゴ姫』、『風立ちぬ』)の色彩設計に限定していた。

押井守はジブリがデジタルに転向した理由を「宮崎駿が保田道世に逆らえない人間だったからである。彼女が『デジタルペイントに変える』と宣言したその方がいいって。デジタルペイントを使い始めるってことは自動的に撮影までコンピュータでやらざるを得ない。あとは一気にスタジオ全部がデジタル化した」と語っている[1]

宮崎駿からは「戦友」、高畑勲からは「同志」、押井守からは「強烈なおばさん」と、それぞれ評された。

2016年10月5日死去[2]。77歳没。

主な参加作品編集

映画編集

テレビ編集

OVA編集

関連書籍編集

  • 柴口育子「アニメーションの色職人」(1997年、徳間書店刊)

脚注編集

  1. ^ 『宮崎駿の世界』宮崎駿とデジタルの項、竹書房、2005年[要ページ番号]
  2. ^ 訃報 保田道世さん77歳=スタジオジブリ色彩設計担当 毎日新聞 2016年10月11日

外部リンク編集