働かない権利

働かない権利(はたらかないけんり)とは、障害者などが障害病気などの状態悪化を防ぐため、または障害などが重度で勤労がほぼ不可能な者があえて勤労を避けることを求める、または他人から精神的な手段などで勤労を強要されることを拒否する権利があると主張する自己決定権思想である。障害者分野では反社会復帰とセットになって語られることが多い。

目次

概要編集

本人が生存するために消費が必要であり、そのために生産が必要であり、労働は必要であるが、本人が働くため、働けるようになるために本人が要するコスト、それによって結果がどれほどのものになるか、この両方を見た場合に、本人に対して害が大きいことがある[1]。この場合、自ら労働を避け、他人から精神的な手段などで労働を強要されることを拒否することで社会で生存していく権利(生存権)があるということを一部の障害者が主張している自己決定権思想である。 精神障害者患者会のうち「精神病」者グループごかい前進友の会が中心となって一部の精神障害者やその患者会による独自の造語である[2]

歴史編集

西洋における労働編集

古代編集

古代西洋における労働観は旧約聖書などに見られる。旧約聖書においてはとの扱いで、創世記第3章19節アダムに科した罰であるとされている[3][4]

第3章19節:(省略)あなたが大地に戻るまで、あなたは顔に汗して、食物を得ることになろう。(以下略)[4]

新約聖書の記述編集

新約聖書ではマタイによる福音書(マタイ伝とも呼ばれている)第6章28節から29節にはイエス・キリスト山上の垂訓(山上の説教とも)で怠惰について説いていることが記述されている[5]

テサロニケの信徒への手紙二」という使徒パウロ[注釈 1]のテサロニケ教会[注釈 2]へ送った手紙のなかの3章10節に「働きたくないものは食べてはならない」との一節がある。ここで書かれている「働きたくないもの」つまり「怠惰なもの」とは、働きたくても働くことができないで人の世話になっているといった、やむを得ない生活をしている人のことではなく、正当で有用な仕事に携わって働く意志をもたず、拒んでいる者のことである[6][注釈 3][注釈 4]

詳細はパウロ書簡テサロニケの信徒への手紙一テサロニケの信徒への手紙二を参照。

中世から近世編集

キリスト教宗教改革16世紀)以前は、貧しい人を救う役目はキリスト教会の役割[注釈 5]であったが、宗教改革はこれを一変させた。マルティン・ルター1520年に発表した『ドイツ貴族に与える書』で「怠惰と貪欲は許されざる罪」であり、怠惰の原因として物乞いを排斥し、労働を「神聖な義務である」とした。ジャン・カルヴァンは『キリスト教綱要』でパウロの「働きたくない者は食べてはならない(新約聖書テサロニケの信徒への手紙二」3章10節[7])」という句を支持し、無原則な救貧活動を批判した。スイスの宗教改革者達の意見によれば、ローマ教会ことカトリック教会の「むやみやたらに施しを与えるという見せかけの慈善を認めていた」ことに対抗するために「真のキリスト教徒は勤勉と倹約の徳を」と強く主張しなければならなかった背景があったという[8]ヨーロッパの国家はその影響により、「労働は神聖なもの」「働くことは神のご意志」とされていて、労働しない者は国家に反逆するもの(国家反逆)とされていた。たとえばフランスでは1656年に「一般施療院令」とその強化令が発せられ、労働をしない者を(らい)施療院だった建物を転用して収容した[9]。大規模なものとして、ルイ14世ブルボン朝第3代の国王)の指導で、精神障害者、犯罪者、浮浪者を収容する総合施療院、ビセートル病院(男性)、サルペトリエール病院(女性)が建設される[10]。のちに工業化も進み農民都市に流れ込み中には職からあふれる者も出てくるが、当時、こういった人は国家にとって不要な者とされ、これらの者の強制収容が進められ、この動きはあっという間にヨーロッパ全土に広がっていった。その収容者の中には精神病者もいた[11]

話をフランスに戻すと、パリノートルダム寺院前の広場に、パリ警視庁の警史によって大勢の人たちが連日かき集められた。集められたのは、浮浪者、乞食、怠け者、ならず者売春婦狂人親不孝者。彼らは警視庁鑑別所を経て「施療院」と称する収容所へ投げ込まれた。そこは陽も射し込まぬ地下牢であり、みな一緒くたで鎖に繋がれた。泣き騒ぐ者には手枷・足枷・首枷をはめられた[12]

イギリスでは救貧院が強制労働をさせるための役割を負わされた[13]

近代編集

自己決定権の提唱編集

1859年イギリスの哲学者ジョン・スチュアート・ミルが自著「自由論」にて自己決定権にあたる権利を提唱した。

フランス社会主義思想編集

1883年には、カール・マルクスの嫁婿でフランス労働党 (POF)の創設に携わった、ポール・ラファルグ(Paul Lafargue)は『怠惰への権利』Le droit à la paresseという著作を出版し当時の奴隷的搾取労働と「働く権利」のパラドクスを批判した。これはサンディカリスム運動やストライキ権にも影響を与えた。

ソビエト社会主義思想編集

ソビエト社会主義共和国連邦およびソビエト連邦共産党(前身はボリシェヴィキ、現在はロシア連邦共産党)の初代指導者ウラジーミル・レーニン(本名、ウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ)は、同党の機関紙「プラウダ」第17号(1929年1月12日発行)にて論文「競争をどう組織するか?」を寄稿し、「働かざるものは食うべからず」は社会主義の実践的戒律であると述べた[14]。この戒律は新約聖書の「働きたくないものは食べてはならない」を引用したとされている[15]

1936年制定のソビエト社会主義共和国連邦憲法(スターリン憲法)では第12条に「働かざる者食うべからず」の表現がある[16]。この憲法は国内よりも対外的な宣伝を意図して作られたものであり、候補者推薦制とソビエト連邦共産党による一党独裁制は変わらず、恐怖政治や大量の粛清虐殺、強制労働が行われ、その犠牲者の多くは労働者や農民であった。最終的に、1991年ソ連崩壊により、憲法は失効するに至っている。

日本編集

日本人は江戸時代農民を例に、元々勤勉な民族でそれは農耕民族の国民性に根ざしていると言われているが、実際はそうではないとしている[17]

明治維新後-生活困窮者などは閉じ込める-

1872年明治5年)10月16日[18]ロシアアレクセイ皇太子[19]が訪日するにあたり、明治政府は東京府東京市本郷の元加賀藩邸跡(現・東京大学構内)の空き長屋営繕会議所附属養育院(現・地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター)を設置し、巷の生活困窮者などを狩込み収容した(精神障害者部門はのちに東京都立松沢病院となる)。1874年(明治7年)12月に示達された恤救規則(じゅっきゅうきそく)[20]に基づく保護を行なってきた[21][注釈 6]

戦後-働く権利と精神的義務化と虐待問題-

戦後になり、1947年(昭和22年)5月3日に施行された日本国憲法第27条には「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。」[22]との「勤労の権利」と日本国民の3大義務の一つ「勤労の義務」の規定がある。うち、勤労の義務は大日本帝国憲法(明治憲法)には規定はない。GHQ草案(マッカーサー草案)、憲法改正草案要綱、憲法改正草案など詳しい比較は日本国憲法第27条の項目を参照。「勤労の義務」規定の由来は諸説があるが、農林官僚出身の元農林大臣石黒忠篤や農林技官出身で代議士竹山祐太郎が、二宮尊徳の「報徳思想」の精神に則って、日本国民が自らの勤労の力で太平洋戦争で荒廃した祖国を再建させてゆこうと提案したのが有力とされている[23]一方、当時の日本社会党高野岩三郎らの憲法研究会のメンバー鈴木安蔵がまとめた憲法草案要綱[注釈 7]を参考に提案してこの義務が追加されたともある[24]法学者憲法を専攻している宮沢俊義は「日本国憲法の場合はソ連やその諸国のような社会主義体制をとるものではないからそれらの国々が定める勤労の義務の性質とはおのずと違うであろうが、全ての国民は働いて生活をすることを原則とすることにおいてはそれらの諸国と同じである。」としている[16]。かろうじて日本国憲法第18条を踏まえて労働基準法第5条で労働者の意思に反した強制労働が禁止されている。

そのような流れであったので、障害者の福祉政策は多くの障害者からも働ける施策を求めた。国もそのような声に応じてきたが、実際は働くことが困難な者もいて、その施策に反発する者やグループも出始めた[25]脳性麻痺患者による障害者患者会大阪青い芝の会1972年に会報にて「障害者は働くことはよい事なのだ、働けないことはいけないことなのだと教えられている。」「事あるごとに『働くことはよい事なのだ。働く所がなければ授産所へ行っても働け』といわれ続ける。」「街を歩けば『どこの施設から逃げてきたのだ』と言葉をかけられる。」と障害者が直面している就労や訓練に関する実態を明かし、「この現実を私達は拒否します。」と発言している[26] 。働かない権利を掲げる精神障害者患者会も現れる。たとえば愛媛県松山市の精神障害者患者会、1980年発足の「精神病」者グループごかいでは当初は社会復帰を目指していたという。名前を札に書き、その下に現在の仕事先や学校名を書いて壁にぶら下げ就労を競っていたが、社会復帰しても再発するケースが増え、のちにあるがままに生きる生き方を重視しだした[27]。メンバーの藤原礼子によると「若い病者の中には、自ら死を選んだ人もあった。再入院する人も、少なくはなかった。(中略)「もう働くのをやめよう」という意見が出てきた。」と証言している[28]。よって、社会復帰路線をとる全国精神障害者家族会連合会(2007年に破産、解散)などの精神障害者家族会などの福祉関係団体と衝突することもあった。障害者が虐待等により強制労働を強いていたという事件(たとえば1995年茨城県で起きた「水戸事件」、滋賀県の「サン・グループ事件」)もいくつか起こっている現状がある。障害や病状の悪化、人権侵害につながるのようなものが起きた場合、本末転倒と言える。

資本主義社会では、労働は倫理的性格の活動ではなく、労働者の生存を維持するためにやむをえなく行われる苦痛に満ちたものである[29]

国際法との関係

1992年6月12日には1983年6月20日採択の『障害者の職業リハビリテーション及び雇用に関する条約(第159号)』に批准する。この条約に基づいて障害者のために取られる措置は、それ以外の労働者との関連では差別待遇とはみなされないとしている[30]。この条約に定義される障害者とは「正当に認定された身体的又は精神的障害のため、適当な職業に就き、これを継続し及びその職業において向上する見通しが相当に減少している者(第一部第一条1)」である[31]

自立支援との名のもとに

近年、自立支援(日本版ワークフェアen:Workfare))という言葉が叫ばれる。2000年ホームレス支援事業が検討され(法律は2002年ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法)、2002年に児童扶養手当法母子及び寡婦福祉法の改正があり、2005年生活保護受給者等就労支援事業、2006年障害者自立支援法が制定される[32][33](参考までに障害者自立支援法については一部の障害者が、別の意味で「障害者の生存権日本国憲法第25条1項)を侵害している」として違憲訴訟を起こしている[34][35]詳細は障害者自立支援法#障害者自立支援法違憲訴訟を参照)。障害者自立支援法は、2013年4月1日から法律の理念・目的が変更され、障害者総合支援法(正式名称・障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)として施行された。

日本における事柄編集

統計編集

精神障害者の統計ではあるが財団法人全国精神障害者家族会連合会(全家連)の1985年の今後の就労希望調査(就労していない人対象)によると、働きたくないが4.5%、できれば働きたくないが2.8%を占める[36]。2008年1月18日発表の厚生労働省職業安定局高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課の資料によると、15歳以上64歳以下の精神障害者は、35万1千人と推計されているが、就業していない者が28万3千人(80.7%)と8割を占め、そのうち33.1%は就業希望はない[37]。これらからけっしてすべての障害者が働きたいとは思っていない実情がある。

補助金編集

障害者雇用に関わる補助金としては「特定求職者雇用開発助成金」(公共職業安定所担当)がある。一定条件をクリアすれば労働者として雇い入れた事業主に対して賃金相当額の一部の助成する制度である[38]行政刷新会議(Government Revitalization Unit)の事業仕分け第3弾前半初日(2010年10月27日)では、予算の執行率が低調などとして「見直し」と判定された[39]。水戸事件においては事業者はこの補助金を受け取っていながらも知的障害者の従業員に対してほとんど賃金を支払っていなかった。

国際条約との関連性編集

1930年6月28日採択の『強制労働に関する条約(第29号)』に1932年11月21日批准したが、これは当時の時代状況を反映し、植民地における労働形態を念頭に置いている条文がほとんどで、この項目の趣旨…働けないと思う人が働かないと宣言し、労働を拒否する行為…とはほとんど関連性はない。2011年6月現在、ストライキ権の行使や、政治的見解に対する懲罰、労働規律の手段としたものを含めあらゆる種類の強制労働を禁止する国際労働機関(ILO)が第二次世界大戦後の1957年6月25日採択に採択した『強制労働廃止に関する条約(第105号)』を批准していないが、強制労働に関する条約(第29号)の強化条約であるので、同様にこの項目の趣旨との関連性はほとんどない[40][41]

問題点編集

現実的に働いていない者の中から働きたくても働けない者を選別するのは簡単なものではない上[42]、本人が働けないことを立証するのは困難であり、権利を宣言しても説得力に欠く問題がある[43]。また、多くの障害者が合理的な配慮を受けながら働く、そのような場所が少ない現実があり、その現実を前提にして「働かない権利」が主張されているため、そこが変わればこの主張が成立するか、という問題もある。

現状では2003年度より障害者自身が就労移行の選択できるよう制度が改められ、2014年には障害者基本法障害者差別解消法の成立により環境が整ったとして障害者権利条約(障害者自己決定権が含まれている)を批准(署名2007年)して、その後は行政から措置として強制されることはなくなった。

日本では一般論として働かない権利を主張するとその人が置かれている環境によっては違法性が疑われる可能性が高まる。一つに軽犯罪法違反。第1条第4項「生計の途がないのに、働く能力がありながら職業に就く意思を有せず、且つ、一定の住居を持たない者で諸方をうろついたもの」に反すると疑われる可能性が高まる。その刑罰として拘留又は科料が用意されている。もう一つに生活保護を受けているケースでは最悪国に対する詐欺罪が成立する可能性が高まる[44]。 軽犯罪法の規定は、生計が立たない、住居を持たない、諸方をうろつくの条件が重なった場合で成立する。また国民の権利を必要以上に侵害しないように同法第4条にて歯止めがかかっている[45]。違法性はないとしても労働者を逆撫でする造語であり、それに対しての社会的制裁の対象となりえる。

大学での研究編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 使徒(しと)とは基本はイエス・キリストの弟子の事を言うが、パウロの場合は生前のキリストには会っていない。元々はサウロとのヘブライ名のユダヤ人で、キリストと敵対していたファリサイ派に属していたが、キリストを信じる人を弾圧しようと、ダマスカスに向かっていた時に天から不思議な声が聞こえたという。その様子は「使徒言行録」9章1~22節に書かれている。新約聖書2 共同訳聖書実行委員会、日本聖書協会・訳 佐藤優・解説 文藝春秋 2010年 ISBN 9784166607822 p7-8
  2. ^ 現在のギリシャ第2の規模の都市「テッサロニキ
  3. ^ 指導する時間が短かったために、特に終末に関する理解、イエスの再臨に関する理解は不十分で教会が混乱していた。 日本人に贈る聖書ものがたりVIII 諸国民の巻(下)  中川健一 文芸社 2012年 ISBN 9784286125992 p164
  4. ^ この手紙は以前はパウロによって書かれたと考えられていたが、パウロの名によって別人が書いたと考えられている。新約聖書2 共同訳聖書実行委員会、日本聖書協会・訳 佐藤優・解説 文藝春秋 2010年 ISBN 9784166607822 p111-112
  5. ^ チャリティーの項目も参照
  6. ^ 恤救規則は1929年昭和4年)の救護法、戦後1950年(昭和25年)の生活保護法へ引き継がれる
  7. ^ この「憲法草案要綱」は植木枝盛私擬憲法などの自由民権運動ワイマール憲法スターリン憲法大正デモクラシーでの議論の影響を受けている。

出典編集

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  1. ^ 希望について 立岩真也 青土社 2006年 ISBN 9784791762798 p166
  2. ^ キーサン革命宣言―精神病者のセーカツとカクメイ 江端一起 アットワークス ISBN 9784939042881 2013年 p19
  3. ^ 知識ゼロからの聖書 大島力 幻冬舎 2011年 ISBN 9784344902244 p28-29
  4. ^ a b 水墨創世記 司修・画、月本昭男・訳 岩波書店 2011年 ISBN 9784000237260 p26
  5. ^ 怠ける権利 ポール・ラファルグ 田渕晋也・訳 人文書院 1972年 p18
  6. ^ 第二テサロニケ書―キリストの再臨と勤勉な生活の勧め 田中剛二 すぐ書房 1992年 ISBN 9784880682389 p138
  7. ^ 新約聖書2 共同訳聖書実行委員会、日本聖書協会・訳 佐藤優・解説 文藝春秋 2010年 ISBN 9784166607822 p263
  8. ^ 宗教と資本主義の興隆、上巻―歴史的研究― リチャード・ヘンリー・トーニー著 出口勇蔵・越智武臣訳 岩波書店 1956年 ISBN 9784003421116 p183
  9. ^ 精神障害のある人の人権 関東弁護士会連合会 明石書店 2002年 ISBN 9784750316215 p39-40
  10. ^ 精神障害者をどう裁くか 岩波明 光文社 2009年 ISBN 9784334035013 p67
  11. ^ 精神障害のある人の人権 関東弁護士会連合会 明石書店 2002年 ISBN 9784750316215 p40
  12. ^ 昔とんぼの旅日記「開かれた医療へ」(3)収容院 石川信義 PJニュース 2010年7月29日 2012年6月13日閲覧
  13. ^ 超訳『資本論』 的場昭弘 祥伝社 2008年 ISBN 9784396111113 p159
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参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集