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画像提供依頼:移転前の店舗外観の画像提供をお願いします。2015年9月

元祖長浜屋(がんそながはまや)は福岡県福岡市中央区長浜二丁目5番38号に店舗を構えるラーメン店。長浜ラーメン系ではもっとも古い[3]

有限会社 元祖長浜屋
現店舗
現店舗
種類 有限会社[1]
本社所在地 日本の旗 日本
810-0072
福岡県福岡市中央区長浜2丁目5番38号
業種 飲食店
法人番号 8290002010192
代表者 山本和子[注 1]
関係する人物 榊原松雄(初代)、榊原きよ子(二代目)
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目次

沿革編集

榊原松雄[4]太平洋戦争後、名古屋市闇市で知り合った台湾人から、ラーメンの作り方と豚をすべて使うというだしの取り方を教わる[5]。ここで教わったことがのちの屋台出店のきっかけとなる[5]

1952年昭和27年)秋に商売を始めるため、名古屋から博多へ向かう[6]。その後屋台を買い付け[7]、同年冬に博多駅前で屋台を始めるも全く売れず、中洲へ屋台を移すも、売り上げはほとんど無かった[8]博多区大浜にある魚市場前に屋台を移すと、市場で働く人の朝食となり繁盛する[9]

1955年(昭和30年)に、魚市場が長浜へ移転、それに伴い、屋台も移動し、人の出入りが多い魚市場西門前で営業するようになる[10]。客層も市場関係者が中心であったが、1965年(昭和40年)の夕刊フクニチに受験生が長浜屋でラーメンを食べて合格したというエピソードが掲載されてから[11]他のメディアの取材も増え市場以外の客も訪れるようになったという[12]

1974年(昭和49年)に長浜の屋台通りで[13]屋台から店舗へ転向し、営業開始[14]。2年後には支店もオープンする[15]1983年(昭和58年)ごろから松雄が糖尿病にかかり、翌年の7月13日に死去する[16]。入院中は妻きよ子が、病室までスープをもって行かせ、味見させていたという[16]。死去後は妻きよ子が経営を引き継ぎ[17]1999年平成11年)まで店に立っていた[18]

2007年(平成19年)6月に社長山本和子の体調不良により麺が作れなくなり、一時的に閉店した際には西日本新聞が社会面トップで扱い[19][20]、インターネット上で行われている存続への署名運動や[19]、社長へのインタビューを掲載した[19]J-CASTニュースでは前述の内容のほか、九州ラーメン研究会代表の原達郎へインタビューを行い、原は、

元祖長浜屋は、福岡のシンボルで「無形文化財と言っていい」存在で、「私も絶対に店を閉めてほしくない」。 — 原達郎、J-CASTニュースインタビュー

と語っている[20]

2008年(平成20年)1月に小麦価格高騰から替え玉を50円から100円へ30年ぶりに値上げした際にはちょっとした騒動[21]として一店舗の値上げが各紙に取り上げられた[22][23][24]

2008年(平成20年)4月には道路拡張工事に伴い本店が閉店し、支店だけとなる[25]

2010年(平成22年)3月に「元祖長浜屋」支店が閉店[25]、同年5月「元祖長浜屋」が現在地で開店する[25]

特徴編集

 
元祖長浜屋ラーメン

長浜ラーメンを提供する[26]。メニューはラーメンのみで、席につくとラーメンが出てくる[19]速さだという。使われている麺は細麺で日本で最初に開発している[27]。市場の人たちが忙しい合間を縫って店に来るため、なるべく早く提供できるように席に着くと同時に出せるように麺を細くした[27]

ラーメン店における麺だけを追加注文する、替え玉発祥でも知られる[28][29][30]。これは一杯のラーメンで足りなかった客が麺だけを注文したところ、店主も快く注文を受けたため、周りの客も真似するようになったことが始まりだという[31]

具の特徴としては一般のラーメンとは違うチャーシューとなっており、味付けした豚肉を機械で刻んで細切れ状となっている[32]。替え肉としても注文でき、市場関係者の仕事後のつまみとなっているという[33][34]

「元祖」「長浜」を称する近隣のラーメン店編集

2009年(平成21年)12月には「元祖長浜屋」の元従業員が中央区大手門2丁目[注 2]に「元祖ラーメン長浜家」を開いた[35]。翌2010年4月には全く同じ名前の「元祖ラーメン長浜家」が中央区港1丁目[注 3]に「元祖ラーメン長浜家」従業員によって開かれている[35]。なお「元祖ラーメン長浜家」の店舗名を巡っては大手門の「長浜家」が港の「長浜家」に対して屋号の使用差し止めを求め裁判となったが、福岡地裁福岡高裁での民事裁判では大手門側が敗訴している[36][37]

「元祖長浜屋」は近くにある「長浜家」とは関係はないことをアピールしている[25]

「元祖長浜屋」「元祖ラーメン長浜家」の近隣には同じく「元祖」「長浜」を称するラーメン店が複数ある[25]

関連商品編集

マルタイから「元祖長浜屋協力豚骨ラーメン」[38]、「元祖長浜屋協力・棒ラーメン」[39]が販売されている。

関連項目編集

出典編集

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  1. ^ 福岡市中央区 博多ラーメン店 有限会社元祖長浜屋 - iタウンページ”. 2015年9月8日閲覧。
  2. ^ <14>魚市場の「替え玉」伝説 元祖長浜屋(福岡市中央区)”. 西日本新聞. 2015年9月8日閲覧。
  3. ^ 『九州ラーメン物語』 原達郎九州ラーメン研究会、1998年、24頁
  4. ^ 猪股2005、58頁
  5. ^ a b 猪股2005、60-62頁
  6. ^ 猪股2005、65頁、68頁
  7. ^ 猪股2005、74頁
  8. ^ 猪股2005、76-79頁
  9. ^ 猪股2005、81-83頁
  10. ^ 猪股2005、91-93頁
  11. ^ 猪股2005、4-5頁
  12. ^ 猪股2005、114頁
  13. ^ 猪股2005、115頁
  14. ^ 猪股2005、118頁
  15. ^ 猪股2005、120頁
  16. ^ a b 猪股2005、128-133頁
  17. ^ 猪股2005、135頁
  18. ^ 猪股2005、141頁
  19. ^ a b c d 西日本新聞 2007年06月19日 夕刊 11面
  20. ^ a b トンコツラーメン「元祖長浜屋」閉店か再開かで大騒ぎ”. J-CAST. 2015年9月7日閲覧。
  21. ^ 毎日新聞西部本社 2009年4月24日 朝刊 21面
  22. ^ 読売新聞 2007年12月31日 朝刊 31面
  23. ^ 読売新聞西部本社 2007年12月31日 朝刊 22面
  24. ^ 日本経済新聞 2008年1月11日 朝刊 22面
  25. ^ a b c d e 替え玉発祥の福岡・長浜ラーメン 『元祖長浜屋』の周りは“激戦”ってレベルじゃねえぞ | ガジェット通信”. ガジェット通信. 2015年9月7日閲覧。
  26. ^ その昔、長浜の麺は意外に太かった。:ラーメントリビア - 新横浜ラーメン博物館”. 新横浜ラーメン博物館. 2015年9月7日閲覧。
  27. ^ a b 日本経済新聞 1996年9月22日 朝刊 24面
  28. ^ 朝日新聞西部本社 2010年7月9日 35面
  29. ^ 博多ラーメン - 全国ご当地ラーメン - 新横浜ラーメン博物館”. 新横浜ラーメン博物館. 2015年9月7日閲覧。
  30. ^ 元祖長浜屋”. コトバンク. 2015年9月7日閲覧。
  31. ^ 読売新聞西部本社 2004年07月22日 夕刊 3面
  32. ^ 猪股2005、125頁
  33. ^ 猪股2005、167-168頁
  34. ^ 読売新聞西部本社 2005年10月20日 夕刊 5面
  35. ^ a b 同じ「元祖ラーメン長浜家」2店の屋号争い、判決へ 福岡地裁”. 日本経済新聞. 2015年9月7日閲覧。
  36. ^ ラーメン「長浜家」2店の訴訟 福岡地裁、屋号差し止め請求棄却”. 日本経済新聞. 2015年9月7日閲覧。
  37. ^ 福岡、ラーメン店の商標 二審も「長浜家」認める”. スポーツニッポン. 2015年9月7日閲覧。
  38. ^ 元祖長浜屋協力豚骨ラーメン|商品案内|棒ラーメンでおなじみ、味のマルタイ [九州・福岡・博多]”. マルタイ. 2015年9月7日閲覧。
  39. ^ 元祖長浜屋協力・棒ラーメン|商品案内|棒ラーメンでおなじみ、味のマルタイ [九州・福岡・博多]”. マルタイ. 2015年9月7日閲覧。
  40. ^ 日本流通新聞 1985年11月25日 17面

注釈編集

  1. ^ 松雄の娘[2]
  2. ^ 当時の「元祖長浜屋」支店の向かい。現「元祖長浜屋」店舗から約100m離れた那の津通り沿い。
  3. ^ 現「元祖長浜屋」店舗から約50m離れた場所。

参考文献編集

  • 猪股るー『榊原きよ子 元祖長浜屋』西日本新聞社、2005年。ISBN 978-4816706349

外部リンク編集