全国中等学校優勝野球台湾大会
全国中等学校優勝野球台湾大会(ぜんこくちゅうとうがっこうゆうしょうやきゅうたいわんたいかい)は1923年から1941年まで行われていた全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園)の台湾地区予選である。
概要
編集使用されていた球場
編集- 台北市円山球場(円山運動場)
沿革
編集- 1923年 初開催。
- 1941年 嘉義中が優勝するも戦争激化のため全国大会は中止。
- 1942年~1945年 開催されず。その後、日本の敗戦により大会廃止。
歴代代表校
編集年度 | 参加校 | 代表校(出場回数) | 決勝スコア | 準優勝校 | 全国大会 |
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1923年(第9回大会) | 4校 | 台北一中(初出場) | 12-7 | 台南一中 | 1回戦 |
1924年(第10回大会) | 4校 | 台北商(初出場) | 7-6 | 台北一中 | 2回戦 |
1925年(第11回大会) | 4校 | 台北工(初出場) | 10-4 | 台南一中 | 1回戦 |
1926年(第12回大会) | 6校 | 台北商(2年ぶり2度目) | 6-5 | 台北一中 | 2回戦(初戦) |
1927年(第13回大会) | 6校 | 台北商(2年連続3度目) | 11-4 | 台南一中 | 2回戦(初戦) |
1928年(第14回大会) | 7校 | 台北工(3年ぶり2度目) | 10-3 | 台北一中 | ベスト8 |
1929年(第15回大会) | 7校 | 台北一中(6年ぶり2度目) | 7-1 | 台北工 | ベスト4 |
1930年(第16回大会) | 8校 | 台北一中(2年連続3度目) | 8-1 | 台北商 | 2回戦(初戦) |
1931年(第17回大会) | 11校 | 嘉義農林(初出場) | 11-10 | 台北商 | 準優勝 |
1932年(第18回大会) | 12校 | 台北工(4年ぶり3度目) | 10-0 5-4 |
高雄中 | 2回戦(初戦) |
1933年(第19回大会) | 11校 | 嘉義農林(2年ぶり2度目) | 9-1 | 台南一中 | 2回戦(初戦) |
1934年(第20回大会) | 12校 | 台北商(7年ぶり2度目) | リーグ戦 | 嘉義農林 | 1回戦 |
1935年(第21回大会) | 12校 | 嘉義農林(2年ぶり3度目) | リーグ戦 | 台北商 | ベスト8 |
1936年(第22回大会) | 12校 | 嘉義農林(2年連続4度目) | リーグ戦 | 台北一中 | 2回戦 |
1937年(第23回大会) | 10校 | 嘉義中(初出場) | 7-6 | 台北商 | ベスト8 |
1938年(第24回大会) | 11校 | 台北一中(8年ぶり4度目) | 5-2 | 嘉義農林 | 1回戦 |
1939年(第25回大会) | 13校 | 嘉義中(2年ぶり2度目) | 4-0 | 嘉義農林 | 1回戦 |
1940年(第26回大会) | 13校 | 台北一中(2年ぶり5度目) | 2-1 | 嘉義中 | 2回戦(初戦) |
1941年(第27回大会) | 12校 | 嘉義中(出場なし) | 8-0 | 台北二師範 | (中止) |
- 1942年の全国中等学校野球大会には、台北工が出場した。
台湾代表による甲子園決勝進出記録
編集- 準優勝校