全国部落調査』(ぜんこくぶらくちょうさ)は、財団法人中央融和事業協会1936年3月に刊行した被差別部落同和地区)の調査報告書である。

表紙

概要 編集

部落地名総鑑」の原典の1つとされる[1][2][3]

表紙に「秘」と銘打ってあるものの、1960年代にはよく古書店に出ていたと言われている[4]。既に、この時代には興信所が戦前に作成された被差別部落の資料を複製して身元調査に使用しており[5]、後の「部落地名総鑑」のソースとなったのは、本書のほか、興信所の一つである「朝日通信社」が所持していた『全国特殊部落リスト』や各地方自治体の資料などであったと伝えられる[6]

村越末男は「部落地名総鑑の事件も、その素材の出所は、政府調査の資料以外に考えることは困難である」とした上で「部落を解放するための全国部落調査の資料が、逆に部落を差別し圧殺する材料として売買されることの意味は、まさに重大」と主張した[7]

また野口道彦は、地名などに「間違いが多い」と指摘している[3]

しかし本書は部落問題研究の基礎資料として今日なお学術書や論文に用いられている[8][9][10][11][12][13][14]

本田豊は「いろいろな文献で、日本には6000部落、300万人の被差別部落(民)数がある、というのは皆さん、基礎知識として知っておられると思います。ですが、6000部落といっても、誰も具体的に確かめた人はいないわけです」、「中央融和事業協会でやった全国部落調査がありまして、この時の部落数が5400地区近くを調べているわけです。この数字が6000部落に非常に近いところから、これまでの調査の中では一番高く評価されています」と述べている[15]

網羅的に被差別部落の所在地を調査した資料には、本書のほか、内務省社会局による『全国部落所在地調』(1920年調査)や『全国部落所在地名簿』(1921年調査)がある[16][17]

復刻版 編集

2016年示現舎合同会社の経営者である宮部龍彦(鳥取ループ)が本書の復刻を予告した[18]。しかし部落解放同盟からの申し立てにより、同年3月28日に横浜地方裁判所は出版禁止とウェブサイト上のデータ削除を命じる仮処分決定を下した[19]

翌17年6月には東京高等裁判所も保全抗告申し立てを却下する決定を下している[20]

2021年9月27日、東京地方裁判所に出版・公開の差し止めを命じられた[21]

出典 編集

  1. ^ 部落解放研究所 1986, p. 23.
  2. ^ 秋定 1993, p. 332.
  3. ^ a b 野口 2000, p. 38.
  4. ^ 東京人権歴史資料館 2001, p. 9.
  5. ^ 人権踏みにじった興信所 未開放部落の出身あばく 調査報告書から破談 解放同盟、強く抗議『朝日新聞』昭和44年(1969年)11月29日朝刊、12版、15面
  6. ^ 藤林 1985, p. 155.
  7. ^ 村越 1996, p. 20.
  8. ^ 藤野 2001, p. 33.
  9. ^ 部落解放研究所『部落問題』77ページ
  10. ^ 『岡山県史』266ページ
  11. ^ 小森 1989, p. 229.
  12. ^ 秋定;朝治 2002, p. 387.
  13. ^ 杉原 2008, p. 100.
  14. ^ 高野 2009, p. 134.
  15. ^ 本田 1992, p. 10–11.
  16. ^ 竹永 1998, p. 41.
  17. ^ 部落解放研究所 1983, p. 379.
  18. ^ 「全国部落調査」復刻出版を差し止め 横浜地裁が仮処分 朝日新聞2016年3月28日
  19. ^ 同和地区の地名掲載サイトに削除命令 横浜地裁が仮処分 朝日新聞2016年4月18日
  20. ^ 東京高裁第9民事部決定 出版禁止を維持 示現舎
  21. ^ “被差別部落の地名記載はプライバシー侵害…東京地裁が出版・公開の差し止め命令”. 読売新聞オンライン. (2021年9月27日). https://www.yomiuri.co.jp/national/20210927-OYT1T50135/ 2021年10月3日閲覧。 

参考文献 編集

  • 部落解放研究所『入門・部落解放運動』解放出版社、1986年。ISBN 978-4759200089 
  • 秋定嘉和『近代と被差別部落』解放出版社、1993年。ISBN 978-4759241068 
  • 野口道彦『部落問題のパラダイム転換』明石書店、2000年。ISBN 978-4750312699 
  • 東京人権歴史資料館『日本差別史資料集成』科学書院、2001年。ISBN 978-4760302666 
  • 藤林晋一郎『身元調査』解放出版社、1985年。ASIN B000J6KTSI 
  • 村越末男『部落問題の教育 (村越末男著作集) 第2巻』明治図書出版、1996年。ISBN 978-4181242053 
  • 藤野豊『被差別部落ゼロ?―近代富山の部落問題』桂書房、2001年。ISBN 978-4905564300 
  • 小森哲郎『部落問題要論』解放出版社、1989年。ISBN 978-4759220131 
  • 秋定嘉和; 朝治武『近代日本と水平社』部落解放人権研究所、2002年。ISBN 978-4759241112 
  • 杉原薫; 玉井金五『大正・大阪・スラム―もうひとつの日本近代史』新評論、2008年。ISBN 978-4794899385 
  • 高野昭雄『近代都市の形成と在日朝鮮人』佛教大学、2009年。ISBN 978-4409240809 
  • 本田豊『同和教育を知る―差別の現実に深く学ぶ』エムティ出版、1992年。ISBN 978-4896142051 
  • 竹永三男『近代日本の地域社会と部落問題』部落問題研究所出版部、1998年。ISBN 978-4829820551 
  • 部落解放研究所『部落問題文献目録』解放出版社、1983年。ASIN B000J6W20Q 

関連項目 編集

外部リンク 編集