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兪成哲(ユ・ソンチョル、ロシア語: Ю Сен Чер、朝鮮語:유 성철1917年 - 1996年)は、ソ連北朝鮮の軍人。朝鮮人民軍の中将。ソ連派朝鮮戦争時、朝鮮人民軍の第一副総参謀長/作戦局長を務め、南侵命令を下達した。ロシア名はボリス・パヴロヴィチ・ユガイロシア語: Борис Павлович Югай

目次

経歴編集

沿海地方スイフンスキー地区チャピゴウ村(現クロウノフカロシア語版)出身。ウラジオストク教育大学附属進学予備校を卒業し、「センボン」(Сэнбон、先鋒)紙の植字工、製版工として働いた。

その後、クズロルダに追放され、「レーニンの旗幟」(Ленин кичи)の課主任となった。1939年~1941年、タシケントの教員再訓練課程の聴講生。

1941年、赤軍に召集され、1942年12月にソ連軍偵察学校(第2期)を卒業し、極東ソ連軍に配属された[1]。ウラジオストック付近の極東軍偵察隊に配属され、1943年に朝鮮国内にスパイとして潜入[2]。工作に失敗して帰還すると、9月から第88独立狙撃旅団経理中隊に配属され、金日成のロシア語通訳となった[2]

1945年9月、第88旅団隊員と共にソ連軍船のプガチョフ号に乗船して9月19日に元山港に入港[3]

1945年10月、平安南道警備司令官ムルジン大佐の通訳[4]。1946年7月、中央保安幹部学校戦術学部長(中佐)[5]。1948年、中央保安幹部学校軍事副校長(大佐)[6]。同年9月、民族保衛省作戦局長[7]。1948年~1958年、朝鮮人民軍第一副総参謀長/作戦局長、中将。

1950年6月25日、南侵開始の合図となるロケット弾の発射命令を下達した。1950年7月、姜健が戦死すると、中将に昇進し、総参謀長代理に任命された[8]。1951年7月、総参謀長南日が休戦会談に出席すると、再び総参謀長代理に就任[9]。1956年半ばから1958年9月まで、ソ連軍参謀本部軍事アカデミーに留学[10]

帰国後、思想検討委員会に自己批判を要求されたが拒否したため、思想調査を受け、作戦局長と中将の階級を剥奪され、住居も取り上げられた[10]。粛清の危機を感じた兪は、党に「ソ連に戻って暮らす」という嘆願書を送り、これが許可され、1959年12月、ソ連に帰国した[11]

ソ連帰国後、年金生活に入り、タシケントで暮らした。1996年に死去。

パーソナル編集

北朝鮮の国旗勲章(第1級、第2級、第3級)、自由独立勲章(第1級2個、第2級)、モンゴルの赤旗勲章を受章。

出典編集

  1. ^ 金 2012, p. 260.
  2. ^ a b 和田 1992, p. 333.
  3. ^ “직계만 빼놓곤 숙청” (朝鮮語). 中央日報. (1982年3月27日). https://news.joins.com/article/1625404 2019年1月4日閲覧。 
  4. ^ “6ㆍ25때 북한군 작전국장/유성철 “나의 증언”:6” (朝鮮語). 韓国日報. (1990年11月7日). http://www.hankookilbo.com/News/Read/199011070056900672 2019年1月4日閲覧。 
  5. ^ 赤木 2003, p. 8.
  6. ^ “6ㆍ25때 북한군 작전국장/유성철 “나의 증언”:7” (朝鮮語). 韓国日報. (1990年11月8日). http://www.hankookilbo.com/News/Read/199011080057393135 2019年1月4日閲覧。 
  7. ^ 赤木 2003, p. 23.
  8. ^ “6ㆍ25때 북한군 작전국장/유성철 “나의 증언”:11” (朝鮮語). 韓国日報. (1990年11月14日). http://www.hankookilbo.com/News/Read/199011140084738791 2019年1月4日閲覧。 
  9. ^ “6ㆍ25때 북한군 작전국장/유성철 “나의 증언”:13” (朝鮮語). 韓国日報. (1990年11月17日). http://www.hankookilbo.com/News/Read/199011170012180853 2019年1月4日閲覧。 
  10. ^ a b “6ㆍ25때 북한군 작전국장/유성철 “나의 증언”:15” (朝鮮語). 韓国日報. (1990年11月20日). http://www.hankookilbo.com/News/Read/199011200066609265 2019年1月4日閲覧。 
  11. ^ “6ㆍ25때 북한군 작전국장/유성철 “나의 증언”:16” (朝鮮語). 韓国日報. (1990年11月25日). http://www.hankookilbo.com/News/Read/199011250088899464 2019年1月4日閲覧。 

参考編集

  • 金賛汀『北朝鮮建国神話の崩壊 金日成と「特別狙撃旅団」』筑摩書房、2012年。ISBN 978-4-48-001542-6
  • 赤木完爾 編『朝鮮戦争 休戦50周年の検証・半島の内と外から』慶應義塾大学出版会、2003年。ISBN 4-7664-1038-6
  • 和田春樹『金日成と満州抗日戦争』平凡社、1992年。ISBN 4-58-245603-0
  • Д.В. Шин Б.Д. Пак В.В. Цой. “СОВЕТСКИЕ КОРЕЙЦЫ на фронтах Великой Отечественной войны 1941–1945 гг (PDF)”. ロシア科学アカデミー東洋学研究所. p. 595-599. 2019年1月2日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集