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内子町(うちこちょう)は、愛媛県南予地方に位置するハゼの流通で財をなした商家が建ち並ぶ町並み保存を手かがりに、白壁と木蝋のまちづくりを進めてきた。今日では、町並みから村並みへ、エコロジータウンうちこをキャッチフレーズとし、農村景観保全や農産物の直売、農村民泊グリーンツーリズムなどの、交流人口の受け入れ、第一次産業の活性化などの取組みで全国的にも知られている。

うちこちょう
内子町
Uchikoza 03.JPG
日本の旗 日本
地方 四国地方
中国・四国地方
都道府県 愛媛県
喜多郡
市町村コード 38422-4
法人番号 9000020384224
面積 299.43km2
総人口 15,616[編集]
推計人口、2019年6月1日)
人口密度 52.2人/km2
隣接自治体 大洲市西予市伊予市
上浮穴郡久万高原町伊予郡砥部町
内子町役場
町長 稲本隆寿
所在地 795-0392
愛媛県喜多郡内子町平岡甲168番地
北緯33度31分58.9秒東経132度39分29.8秒座標: 北緯33度31分58.9秒 東経132度39分29.8秒
Uchiko town hall.JPG
外部リンク 内子町

内子町位置図

― 市 / ― 町

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地理編集

愛媛県のほぼ中央、県庁所在地である松山市から約40キロメートル (km) 南西に位置する。

平地は、小田川に沿って開けており、旧・内子から上流は谷あいに集落が点在している。

いずれも、肱川の支流である。
小田川は、特に、親自然型工法の発祥の地として知られている。
  • 湖沼:

隣接している自治体編集

歴史編集

古くから大洲街道の交通の要衝として、また四国遍路の通過地として栄えた町である。江戸時代から明治時代にかけ、和紙と木蝋の生産で栄え、特に木蝋は品質の高さで海外でも評価されるほど名を馳せ、最盛期には全国生産の約30パーセントを占めた。大正時代以降は、石油や電気の普及によって木蝋生産は衰微したが、当時の繁栄ぶりを伺わせる商家群の町並みを「八日市道路」に沿って見ることができる[1]。この歴史的な町並みは、1982年(昭和57年)に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている[1]

※下記のほか、必要に応じて当町を構成していた旧村の記事も参照のこと。

藩政期
明治期
  • 1889年明治22年) - 内子村と知清村が合併し内子町が発足。
昭和期
  • 1955年昭和30年) - 内子町・大瀬村五城村立川村満穂村が合併し、改めて内子町が発足。
  • 1976年(昭和51年) - 古い家並みの見直しが在住者から提言される(町並みという言葉はまだ一般的ではなかった)。
  • 1977年(昭和52年) - 町による町並み保存調査。
  • 1979年(昭和54年) - 歴史的景観 都市連絡協議会を開催。
  • 1980年(昭和55年) - 内子町伝統的建造物群保存地区保存条例制定公布。
  • 1980年(昭和55年) - 上芳我邸木蝋資料館としてオープン。
  • 1982年(昭和57年) - 八日町護国の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区として選定。
  • 1983年(昭和58年) - 町並保存対策室設置。
  • 1983年(昭和58年) - 内子座修理復原工事着工。
  • 1985年(昭和60年) - 「内の子市」発足。
  • 1985年(昭和60年)9月 - 内子座工事完成、こけら落し。
  • 1985年(昭和60年) - 町制施行30周年記念行事。
  • 1986年(昭和61年)1月 - 「知的農村塾」スタート。
  • 1986年(昭和61年)3月 - 内山線開業。
平成以降
  • 2005年(平成17年) - )喜多郡内子町、喜多郡五十崎町上浮穴郡小田町が新設合併し、新しい喜多郡内子町が発足。役場は旧五十崎町にある。
  • 2005年(平成17年)10月 - 景観法に基づく景観行政団体となる。

行政編集

歴代町長(旧内子町)
  • 初代 河内彌衛(昭和30年2月〜昭和34年1月)
  • 第2代 藤井政一(昭和34年2月〜昭和44年1月)
  • 第3代 山田吉久(昭和44年3月〜昭和49年12月)
  • 第4代 住田久治郎(昭和50年1月〜昭和54年1月)
  • 第5代 藤井政一(昭和54年1月〜昭和54年10月)
  • 第6代 河内紘一(昭和54年11月〜合併まで)
歴代町長(新町)
初代 河内紘一(こうち・こういち、2005年から、旧・内子町長)2005年〜2009年2月5日
第2代 稲本隆寿(2009年2月 -
  • 庁舎
本庁 旧・五十崎町庁舎
分庁 内子分庁 (旧・内子町庁舎)
支所 小田支所 (旧・小田町庁舎)

経済編集

産業編集

  • 主な産業
典型的な中山間地で、農林業が主たる産業であり、第二次産業としては建設業関係が主体である。しかし北部には真空ベローズで有名な入江工研内子工場がある。藩政期には、木蝋和紙等の生産で栄え、白壁の町並みが残っている。このため、これらを生かした観光産業やグリーンツーリズムの取組みが進んでいる。
  • 産業人口

観光編集

 
八日市護国地区
  • 下記のように、内子の観光は、マスツーリズムとは一線を画した、「交流」と呼ぶほうが相応しい状況であるが、ここでは、一般的な呼び名として、広義の「観光」として取り扱う。
  • 松山市から南予方面(愛媛県南部)へ向かう幹線国道である国道56号沿線であり、松山市から40kmと足を伸ばすのに適度な距離であり、交通の面からの立ち寄り型あるいは松山の衛星観光地としての素質をもともと有していた。
  • 特に、町並み保存地区は、今日のように全国各地の町並みが観光資源として評価される以前から、町職員が文化庁と折衝し、精力的に保存活動に携わっていた。
  • 加えて、観光資源として農村の魅力が残っていたことも欠かせないポイントの一つである。確かに、当地でも農業は疲弊しつつあるが、米作に特化しすぎることなく、傾斜地もうまく活用して、果樹(ぶどう、なし、桃、カキなど)生産が行われ、観光果樹園としての活路が開かれていた。また、農業が残っていたため、水車屋根付橋などの農村風景も残っており、その点も、近年、交流人口の獲得、定着に大いにプラスになっている。加えて、農産物直売所(内子フレッシュパーク・からり)を開設し、立ち寄り型の観光客を獲得し、農家所得の向上に寄与していることは特筆される。決して、「観光」という大上段に振りかぶったものではないが、農家の女性(あえて「おばちゃん」たちと呼ぶ)が元気である。
  • 町並みから発展してきた観光であるが、その景観を生かして、次第に「村並み」へ広がっている。
  • 2009年(平成21年)、ミシュランガイド日本版で1つ星を獲得。
名所については、後述する。

姉妹都市・提携都市編集

国内編集

海外編集

  • 行政ベースの「姉妹都市」ではないが、旧・内子町時代から、ローテンブルク(独)のほかヨーロッパの農村を手本とした農村振興を進めてきており、絶えず交流が行われている。

歩み

  • 1986年(昭和61年)10月 - 内子シンポジウム'86にオスカーシューバルト市長来町。
  • 1987年(昭和62年)6月 - 町長・町民有志がローテンブルク市を訪問。
  • 1988年(昭和63年)11月 - ローテンブルク市よりハッハテル市長及びオスカーシューバルト前市長来庁。
  • 1993年(平成5年)9月 - 町長・町議会議員が友好公式訪問。
  • 1994年(平成6年)5月 - 内子町より職員1名をローテンブルク市庁に派遣、町青年1名をハム・ソーセージづくりの研修に派遣。
  • 1995年(平成7年)7月 - 町民有志の訪問団、訪問。
  • 1995年(平成7年)11月 - 第一回青少年海外派遣団訪問。
  • 1996年(平成8年)11月 - 第二回青少年海外派遣団訪問。
  • 1997年(平成9年)4月 - ローテンブルク市より市長と市民が来町。
  • 1997年(平成9年)11月 - 第三回青少年海外派遣団訪問。
  • 1998年(平成10年)7月 - 第四回青少年海外派遣団訪問。
  • 1998年(平成10年)11月 - 町民海外派遣団訪問。
  • 1999年(平成11年)11月 - 第5回青少年海外派遣団訪問。
  • 2000年(平成12年)10月 - 第6回青少年海外派遣団訪問。
  • 2001年(平成13年)3月 - ローテンブルク市より市長・市民が来町。
  • 2001年(平成13年)9月 - 町長・町議会議員が公式訪問(友好都市盟約)。
  • 2001年(平成13年)12月 - 第7回青少年海外派遣団訪問。
  • 2002年(平成14年)4月 - ローテンブルク市から青年の訪問団。

地域編集

人口編集

 
内子町と全国の年齢別人口分布(2005年) 内子町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 内子町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
 

内子町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


各種指定・表彰歴編集

旧内子町時代
  • 1965年(昭和40年)11月3日 - 内子公民館が第18回優良公民館として、文部大臣表彰。
  • 1986年(昭和61年)8月10日 - 八日市護国地区道路が建設大臣表彰「日本の道100選[2]
  • 1986年(昭和61年)12月1日 - 第4回潤いのあるまちづくり優良地方公共団体として自治大臣表彰「潤いのあるまちづくり賞」。
  • 1987年(昭和62年)3月20日 - 経済同友会「第2回美しい都市づくり賞」。
  • 1987年(昭和62年)5月7日 - 愛媛経済同友会「美しいまちづくり賞」。
  • 1988年(昭和63年)3月9日 - 町と住民が一体となって展開している町並み保存運動が評価され「第10回山本有三記念郷土文化賞」。
  • 1989年(平成元年)7月9日 - 建設省「ふるさと手づくり郷土賞」。
  • 1992年(平成4年)4月1日 - 石畳地区「農村景観百選」。
  • 1992年(平成4年)6月15日 - 歴史と文化の里づくり-伝統的町並み保存・再生を核としたまちづくり運動に対して「サントリー地域文化賞」。
  • 1994年(平成6年)3月23日 - 第2回美しい日本のむら景観コンテストで満穂地区が入賞。
  • 1994年(平成6年)10月4日 - 八日市護国地区が「平成6年度都市景観大賞(景観形成事例部門 - 地区レベル)」。
  • 1994年(平成6年)10月28日 - 内子ヤマモモ通り「新・日本街路樹100景」。
  • 1994年(平成6年)11月17日 - 大瀬中学校「第35回建築業協会賞(BCS賞)」。
  • 1995年(平成7年)11月22日 - 満穂地区「農村アメニティコンクール」優良賞。
  • 2000年(平成12年)1月14日 - 「世界に開かれたまち」として自治大臣表彰。
  • 2000年(平成12年)3月15日 - 内子フレッシュパーク「からり」が、交流タイプ部門・農林水産大臣表彰。
  • 2001年(平成13年)4月20日 - (財)日本観光協会第8回「優秀観光地づくり賞」金賞、総務大臣賞表彰。
  • 2001年(平成13年)11月12日 - 「内子町の町並と和ろうそく」環境省かおり風景100選
  • 2002年(平成14年) - 全国農業コンクール名誉賞。
  • 2004年(平成16年)12月 - 日経地域情報化大賞・地域活性化センター賞。
  • 2005年(平成17年)2月 - オーライ!ニッポン大賞。
  • 2005年(平成17年)3月 - 日本農業賞、食の架け橋賞、審査員特別賞受賞。
  • 2006年(平成18年)11月 - 国土交通省「手づくり郷土賞・大賞部門」受賞。
  • 2007年(平成19年) - ジャパンベンチャーアワーズ 「地域貢献賞」。
  • 2009年(平成21年)3月 - ミシュランガイド観光地)日本編において1つ星に選定。
以上、内子町町勢要覧(旧町)、株式会社フレッシュパークからり(第三セクター)ホームページより。

健康編集

  • 平均年齢

教育編集

高等学校編集

中学校編集

  • 内子町立大瀬中学校
  • 内子町立内子中学校
  • 内子町立五十崎中学校
  • 内子町立小田中学校

小学校編集

  • 内子町立石畳小学校
  • 内子町立大瀬小学校
  • 内子町立程内小学校
  • 内子町立内子小学校
  • 内子町立立川小学校
  • 内子町立五十崎小学校
  • 内子町立天神小学校
  • 内子町立小田小学校

交通編集

鉄道路線編集

内子駅には特急が全列車停車する。

道路編集

 
内子地区の路地

高速道路編集

インターチェンジ
15 内子五十崎IC
サービスエリアパーキングエリア
内子PA

一般国道編集

国道56号
国道379号
国道380号

都道府県道編集

愛媛県道32号肱川公園線
愛媛県道42号久万中山線
愛媛県道52号小田柳谷線
愛媛県道54号串内子線
愛媛県道55号小田河辺大洲線
愛媛県道56号内子河辺野村線
愛媛県道211号美川小田線
愛媛県道224号永木内子線
愛媛県道226号串中山線
愛媛県道228号坊屋敷小田線
愛媛県道229号鳥首五十崎線
愛媛県道230号柳沢新谷停車場線
愛媛県道241号池田中山線
愛媛県道242号五百木立山線
愛媛県道243号内子双海線
愛媛県道244号内子停車場線
愛媛県道245号河辺小田線
愛媛県道305号立石内子線
愛媛県道309号立川停車場線
愛媛県道323号論田袋口線
愛媛県道324号大瀬川中線
愛媛県道329号石畳中山線
愛媛県道340号上川小田深山線
愛媛県道342号池田川崎線

町道編集

八日市道路
町域の北部、護国地区から八日市、坂町へと抜ける旧大洲街道沿いに続く約600メートルの道路。正式な路線名は、内子町道坂町・八日市線および、内子町道岡・護国内子線の2路線で構成される。沿道に、宿場町から商家町へと連なる土蔵造りの歴史的建造物が建ち並び、八日市護国地区一帯が国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている[1]。歴史性と親愛性を基準に、「旅情をかきたてる『市』の道」として、1986年(昭和61年)8月10日の道の日に、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された「日本の道100選」の一つに選定されている[2]。電線の地中化や舗装の美装化が行われるなど、歴史的景観を損なわないように改修も行われており、当地区の観光の散策道路となっている[1]

道の駅編集

路線バス編集

国道56号には定期バス路線があり、大洲市方面と伊予市方面とを結んでいる。町内では、過去国鉄等が運行していたバス路線がかなり存在したが、これらを引き継ぐ形で町営バスを運行し、合併によって中山町などの町営バスも運行を継承している。また、2006年(平成18年)12月には伊予鉄南予バスの内子 - 石畳の宿(満穂線)が廃止され、町営バスが新たに運行される。

高速バス編集

以下の高速バス路線が内子町内に停車する(一部の便は松山止めもある)。詳しくは、各運行事業者の公式サイト等を参照のこと。

主要施設編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
商いと暮らし博物館(2012年1月)
 
弓削神社弓削池に架かる屋根付橋の太鼓橋

名所編集

  • 道の駅内子フレッシュパークからり
  • 八日市・護国の町並み(八日市護国伝統的建造物群保存地区)
    • 八日市・護国町並保存センター、木蝋資料館、上芳我邸、本芳我邸、大村家、商いと暮らし博物館、内子座、文化交流ヴィラ「高橋邸」
  • 五十崎凧博物館
  • 天神産紙工場(手すき和紙)
  • 村上邸
  • 堂ヶ谷トンボの里
  • 田丸橋(屋根付橋)
  • 石畳の宿
  • 石畳清流園
  • 弓削神社
  • 東のシダレザクラ
  • 大瀬の館
  • 大瀬の米蔵
  • 曽我十郎首塚
  • 泉谷の棚田日本の棚田百選
  • 小田深山
  • 千年の森公園
  • Solfa小田スキーランド
  • 夫婦滝
  • 紅葉ヶ滝
  • だらり権現
  • 神南山フライトエリア
  • 四国カルスト - 旧小田町の一部が含まれている。
  • 宇都宮神社(神社庁指定モデル神社第1号)
  • 護国山高昌寺
  • 旭館(元映画館、2013年に国の登録有形文化財に登録[3]
  • 内子町ビジターセンター「A・runze」(1936年に警察署として完成[4]、2013年に完成した施設である[4]。)
  • まちの駅「Nanze」[4]

イベント編集

 
笹まつり
  • ねはん祭り - 高昌寺(3月14日 - 3月15日)
  • 石畳東のシダレザクラ祭り - 4月上旬
  • 川登筏流し - (4月第4日曜日)
  • 曽我十郎神社大祭 - 5月
  • 大凧合戦 - 五十崎(5月5日)
  • 内子夏祭り - 内子(7月)
  • 燈篭まつり - 小田(7月)
  • 内子笹まつり - 内子(8月6日 - 8月8日)
  • 山の神火祭り - 小田(8月15日)
  • 内子座文楽 - 8月
  • 上芳我邸観月会 - 9月
  • 小田の郷ふるさとまつり - 11月
  • 石畳水車祭り - 11月

名産物編集

  • 工芸品 - 和そうろく棕櫚細工(ほうき)、和傘、手すき和紙(大洲和紙)、飾り凧、桐下駄
  • 農産物 - ブドウ(巨峰、ピオーネ)、ユズ、栗、柿、りんご、やまいも、しいたけ、イチゴ。
  • 農産加工品 - 清酒、味噌、こんにゃく、漬物、うどん、たらいうどん、そうめん、栗饅頭、町並みせんべい、凧もなか、凧せんべい。
  • 木製品 - 磨丸太、ログハウス、その他木工品。
  • その他 - アメノウオ、アメノウオの土手焼。

出身有名人編集

その他編集

  • かおり風景100選:内子町の町並と和ろうそく
  • 日本の棚田百選:旧五十崎泉谷の棚田
  • 市外局番
    • 旧内子町・旧五十崎町 : 0893(大洲MA
    • 旧小田町(上田渡・臼杵地区を除く) : 0892(久万MA
    • 旧小田町のうち、上田渡・臼杵地区 : 089(松山MA

脚注編集

参考文献編集

  • 「日本の道100選」研究会『日本の道100選〈新版〉』国土交通省道路局(監修)、ぎょうせい、2002年6月20日。ISBN 4-324-06810-0

外部リンク編集