メインメニューを開く

内田幹樹(うちだ もとき、1940年 - 2006年12月5日)は、日本航空会社の元操縦士機長小説家エッセイスト

1965年全日本空輸に入社、民間航空機の操縦士、機長、操縦訓練教官を務める[1]。全日空退社後、フェアリンクの立ち上げに参加。パイロットとして操縦した飛行機はフォッカーフレンドシップボーイング727YS-11ボーイング737ボーイング767ボーイング747-400CRJなど。

教官として下地島滞在中に執筆した小説『パイロット・イン・コマンド』を第14回サントリーミステリー大賞1997年)に応募、優秀作品賞を受賞したのが小説家としてのデビュー。民間航空機のパイロットの目に映る事実や実際の出来事を織り込んで描く航空ミステリー小説旅客を乗せて飛行機を飛ばした経験を綴るエッセイの著書がある。内田モトキは最初のペンネーム

2006年12月5日、前立腺癌のため、死去。享年66[2]

著書編集

脚注・出典編集

  1. ^ 内田幹樹著書一覧”. 新潮社. 2015年2月28日閲覧。
  2. ^ 作家の内田幹樹さん死去”. asahi.com (2006年12月12日). 2015年2月28日閲覧。

関連項目編集