内田恭子

日本の女性アナウンサー (1976-)

内田 恭子(うちだ きょうこ、1976年(昭和51年)6月9日 - )は日本のフリーアナウンサーで、元フジテレビアナウンサー神奈川県横浜市港北区出身。

うちだ きょうこ
内田 恭子
2023年
プロフィール
本名 木本 恭子(結婚後)
愛称 ウッチー
出生地 西ドイツの旗 西ドイツ デュッセルドルフ
出身地 日本の旗 日本 神奈川県横浜市港北区
生年月日 (1976-06-09) 1976年6月9日(47歳)
身長 163cm[1]
血液型 A型
最終学歴 慶應義塾大学商学部
所属事務所 有限会社Kmark(ソニー・ミュージックアーティスツにマネジメント委託)
職歴フジテレビアナウンサー
活動期間 1999年4月 -
ジャンル スポーツ・報道・バラエティ
配偶者 あり
公式サイト オフィシャルウェブサイト
出演番組・活動
出演経歴天才をつくる!ガリレオ脳研
すぽると!
笑っていいとも!
タモリのジャポニカロゴス
地球感動配達人 走れ!ポストマン
グータンヌーボ
テレビでドイツ語
など

経歴 編集

父親の赴任先である西ドイツデュッセルドルフで生まれる。「杏子」と命名する意向だったが「杏」が当時人名用漢字に無く已む無く「恭子」と命名[2]。2歳で日本に神奈川県横浜市港北区へ帰国した事も有りドイツ語を全く話せない。兄がいる。

小学校5年から高校2年生まではアメリカシカゴで生活。ワルデン小学校(Walden Elementary School)卒業。

イリノイ州デアーフィールド高等学校英語版から神奈川県立外語短期大学付属高等学校へ編入、港南台にある学習塾学友会を経て慶應義塾大学商学部入学/卒業。

シカゴ双葉会日本語学校補習校)の同期にはTBSテレビ豊田綾乃・元日本テレビ小野寺麻衣がいる。 1999年、フジテレビに入社[3]。同期アナウンサーは大橋マキ長谷川豊。『プロ野球ニュース』の終了および先輩アナの荒瀬詩織宇田麻衣子、同期の大橋の退社に伴い、2001年4月から5年間同局のスポーツ番組感動ファクトリー・すぽると!』のキャスターを務める。

また、入社当初はフィールドキャスターも務め、報道の分野で経験を積んだ。

同局の看板アナウンサーとして活躍したが、2003年春から交際中の吉本興業社員で浜田雅功ダウンタウン)の元マネージャー木本公敏と2006年1月10日に婚約し同年3月31日に同社を退社、7月に結婚。その後はフリーとして活動している。2010年4月12日に第1子となる男児を出産[4][5]、2012年8月には、第2子の妊娠を自身のブログで報告[4][5]し、同年11月26日放送の情報番組渋谷LIVE! ザ・プライムショー』の生放送をもって2013年3月までの予定で産休に入り[5][6]、同年1月10日、男児を出産したことを自身のブログで報告した[7]

この産休からの復帰後は、従来通りフリーアナウンサーとしてテレビなどでの司会・ナレーターを行うとともに、2014年にはNHK大河ドラマ軍師官兵衛』に出演(後述)。内田にとっては2度目の女優業、かつ初の時代劇出演となった。

2023年、東京を中心に認可保育園を運営する「KIDS SMILE HOLDINGS」社外取締役に就任。

エピソード 編集

  • 日本テレビより同局が2006年10月に放送開始した報道番組NEWS ZERO』の初代キャスターを打診されたが、『NEWS ZERO』と放送時間が重複するバラエティ番組タモリのジャポニカロゴス』とトーク番組グータンヌーボ』に2006年10月以降も出演継続のため断ったとされる。退社後丸2年間は同局系列以外のテレビ番組には出演していなかった。その後、自身初のエッセー本『チョコレートと犬とベッド』を発売するのを機に他局へのテレビ出演をついに解禁することとなった(ラジオは2007年春からTOKYO FMでレギュラー番組を持っている)。テレビにおける他局初出演は、2008年6月7日放送の『オーラの泉』(テレビ朝日)(レギュラー番組では10月19日開始のMBSの『地球感動配達人 走れ!ポストマン』)。
  • 2008年4月23日に東京ディズニーシーで行われた母校である慶應義塾創立150年記念のイベントではかつての上司の福井謙二と司会を務めた。
  • 元TBSアナウンサーの海保知里テレビ東京アナウンサーの水原恵理は就職活動時からの友人で、アナウンサー同期でもある。
  • 1年後輩の千野志麻はフジテレビアナウンサー時代からの友人で、結婚式では元上司の露木茂とともに司会を務めた(千野の結婚式には日枝久村上光一などフジテレビ幹部やかつての同僚アナウンサーが出席した)。
  • 夫との出会いは『ジャンクSPORTS』(前述のように内田と共演していた浜田雅功の担当マネージャーだった)。退職に当たって当時の村上社長からは「深夜のスポーツニュースから勇退するのはやむをえないが、『ジャポニカロゴス』などは出続けてくれ」と結婚退職を惜しまれた。

受賞 編集

主な出演 編集

過去の出演番組(フジテレビアナウンサー時代) 編集

報道・情報番組

期間 番組名 役職 担当日
1999年7月1日 2001年3月30日 FNNスーパーニュース フィールドキャスター 平日
2001年4月2日 2003年3月29日 すぽると! パートナー担当 月・水・金・土曜日
2003年3月31日 2004年3月25日 月~木曜日
2003年4月5日 2004年3月27日 感動ファクトリー・すぽると!&ニュース メインキャスター 土曜日
2004年3月29日 2006年3月31日 すぽると! パートナー担当 平日

バラエティ・特別番組・その他

過去の出演番組(フジテレビ退社後) 編集

テレビ(過去の出演番組) 編集

ドラマ 編集
  • 大河ドラマ 軍師官兵衛(2014年8月3日、NHK総合) -
  • IP〜サイバー捜査班 IP_8・IP_FINAL(2021年9月9日 - 9月16日 、テレビ朝日) - キャスター役

ラジオ 編集

吹き替え 編集

CM 編集

その他 編集

  • 法務省『人権啓発ビデオ』 - ナビゲーター

連載 編集

  • 内田恭子のうっとり・おっとりチャレンジ(Domani小学館
  • 内田恭子と高須光聖のTable Talk(GQ JAPAN、コンデナスト・ジャパン)

雑誌 編集

  • 「LEE」8月号(集英社、7月7日発売)
  • 『マリオン21』(朝日新聞 7月10日夕方版)
  • ユナイテッド航空機内誌『私の大切』掲載(7月10日 - 9月9日機内搭載分)
  • 「美的」9月号「内田恭子の美的×知的対談」(小学館、7月23日発売)
  • TSUTAYAフリーペーパー「V.A.」(全国のTSUTAYAにて2008年7月24日より配布)
  • 「ロクシタンの秘密」 (枻出版社、8月1日発売)
  • 『Domani』9月号連載『3歩さがって黒ネコ。』 (小学館、8月1日発売)

著書 編集

  • 「内田恭子のやさしいおもてなし」(ワニブックス、2007年12月20日発売)
  • 「チョコレートと犬とベッド」(幻冬舎、2008年6月27日発売)

脚注 編集

  1. ^ “内田恭子 「もうじき背を抜かされる」長男との背比べショット披露に「旦那さんかと思った」の声”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2022年3月12日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2022/03/12/kiji/20220312s00041000413000c.html 2024年2月29日閲覧。 
  2. ^ 週刊現代 2012年3月31日号 74-76ページ「私の地図 : あの場所へ帰りたい(第93回)フリーアナウンサー 内田恭子」
  3. ^ 平成の女子アナの記憶④ 内田恭子アナがブレイクした理由”. 週プレNEWS (2019年4月28日). 2020年11月22日閲覧。
  4. ^ a b “内田恭子、第2子妊娠「来年の頭くらいに」”. サンケイスポーツ. (2012年8月15日). https://web.archive.org/web/20120815194147/http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120815/ent12081517220010-n1.htm 2012年12月22日閲覧。 
  5. ^ a b c “内田恭子:WOWOW「ザ・プライムショー」で出産前最後の生放送 産休へ”. MANTANWEB. (2012年11月25日). https://mantan-web.jp/article/20121124dog00m200041000c.html 2021年7月17日閲覧。 
  6. ^ “内田恭子:「あっという間に戻ってきます」 産休前最後のWOWOW生放送”. MANTANWEB. (2012年11月25日). https://mantan-web.jp/article/20121126dog00m200036000c.html 2021年7月17日閲覧。 
  7. ^ 2013-01-10 14:16:42 ご報告
  8. ^ 産休のため休演。
  9. ^ 産休のため終了前に降板。
  10. ^ SHELLYの産休時の代役として出演。
  11. ^ 4Kのみで放送(2Kでは未放送)。
  12. ^ 中井美穂と共演。

外部リンク 編集