内藤元康

戦国時代の武将

内藤 元康(ないとう もとやす)は、戦国時代武将安芸国戦国大名毛利氏の家臣。

 
内藤元康
時代 戦国時代
生誕 永正8年(1511年
死没 天文3年(1534年
別名 少輔九郎(通称
戒名 寿林宗長
官位 中務丞
主君 毛利元就
氏族 安芸内藤氏
父母 父:内藤元泰
福原広俊の娘(後に口羽通良の妻)
元種
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生涯編集

永正8年(1511年)、安芸内藤氏内藤元泰の子として生まれる。

享禄5年(1532年7月13日付の毛利氏家臣団32名が互いの利害調整を元就に要請した連署起請文では29番目に「内藤中務丞元康」と署名している[1]

天文3年(1534年)に24歳で死去した。法名は寿林宗長。元康の跡は幼少の嫡男・元種が継いだ。

脚注編集

  1. ^ 『毛利家文書』第396号、享禄5年7月13日付 福原広俊以下家臣連署起請文。この時連署状に署名した32名は、署名順に福原広俊志道広良桂元澄福原元勝坂広昌(元貞)山中元孝光永元隆北就勝井上元吉粟屋元秀井上就在長屋吉親井上元盛井上元貞国司有相井上有景井上元続井上俊秀井上良在井上俊久国司就連粟屋元親粟屋元国赤川就秀飯田広親赤川元助(元保)佐々部祐賢南方親州内藤元康秋山親吉三田元実井原元師

参考文献編集