出生地主義
出生地主義(しゅっしょうちしゅぎ、ラテン語: Jus soli)または生地主義(せいちしゅぎ)とは、出生による国籍の取得について、出生した国の国籍が付与される方式のことである。現在、アメリカ合衆国、カナダ等で採用されている。カルヴィン裁判を先例とする。ただし、出生地主義を認めている国の多くは外交特権を有する外交官等の子どもには適用していない。
これに対立する概念として、血統主義(けっとうしゅぎ、ラテン語: Jus sanguinis)がある。
19世紀初頭に国民国家は既に出生地主義(フランス等)と血統主義(当時のドイツ等)で分かれていた。しかし、殆どのヨーロッパの国家は、(フィヒテの「国家」の古典的定義通り)人種や言語によるドイツ式の「客観的国籍」の概念を選択しており、日々の生活でどの国に属するかを決める共和主義者エルネスト・ルナンの「主観的国籍」の概念と対立していた。本質主義者的概念を根拠とする血統主義に対し、出生地主義はこの本質主義に反する概念を根拠とされる。しかし、今日の移民増加により、この二つの相反する権利に関する考え方の境界が不明確になっている。
1961年の無国籍の削減に関する1961年条約の締結国は、自国や自国船籍の船内で出生した無国籍者には国籍を与えることになっている。
子に出生地の国籍を取得させることを目的として妊婦が出生地主義の国で出産する行為は、出産旅行または越境出産と呼ばれている。国によっては国境渡航を観光ビザ名義で済ませる一方で、母国語が通じる妊産婦ケア施設が存在するなど商業化している例もある。出生地主義の国で出産した子を船の錨(アンカー)のようにして、合法ビザを持たない両親までに当該国に住み着くことを「アンカーベイビー」と呼ぶことがある。
歴史編集
かつて、ヨーロッパにおける国籍決定は血統主義のみであった(現在でも中欧、東欧、アジアのほとんどは血統主義)。個人は、家族や部族や民族に属するもので、土地に属するものではないと言う考えである。ローマ法の基本見解もそうであった。
出生地主義はまず部分的にはクレイステネスの改革に採用され、ローマ帝国ではさらにその後、アントニヌス勅令によりローマ市民権が各地域の自由市民に拡大された。
しかしさらにもっと後、南北アメリカ大陸におけるイギリスの植民地が独立する際、フランス革命等により、出生地主義が広まった。19世紀以降社会経済の発展により、南北アメリカや西欧への移民が大量に発生し、ますます多くの国で出生地主義が広まることになった。
生物地理学者ジャレド・ダイアモンドは1850年以降出生地主義が廃止になっていたとすると、アメリカ人の60%、アルゼンチン人の80%、イギリス人とフランス人の25%が現在の国籍を失うことになっていただろうと推計している[1] 。
出生地主義を採用している国編集
出生地主義は世界各国のうち20%以下の国で採用されている。先進主要7か国の中では、カナダとアメリカ合衆国が無条件の出生地主義を、すなわち親の国籍および滞在資格(合法・非合法・永住・一時滞在)に関わらず、その国で生まれた子には自動的に国籍を与える方式を採用している[2]。
出生地主義を採用している国の例[3]:
日本編集
日本では、原則として血統主義を採用しているが、国籍法2条1項3号において、「日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき」は、その子を日本国民とすることを規定している[4][5]。これは、純粋な血統主義を貫くと無国籍の子を生ずる場合があるため、それを防止するために血統主義の補足として出生地主義を採用しているものである[4][5]。
出生地主義の廃止国編集
注釈・出典編集
- ^ w:fr:Droit du sol
- ^ Feere, Jon (2010). "Birthright Citizenship in the United States: A Global Comparison". Center for Immigration Studies.
- ^ “Nations Granting Birthright Citizenship”. NumbersUSA. 2009年9月6日閲覧。
- ^ a b 江川, 山田 & 早田 1997, p. 70.
- ^ a b 木棚 2021, p. 299.
- ^ Sadiq, Kamal (2008). Paper Citizens: How Illegal Immigrants Acquire Citizenship in Developing Countries. Oxford University Press. p. 10. ISBN 9780195371222
- ^ “トランプ氏、米国籍の「出生地主義」廃止を表明”. AFPBB News. フランス通信社. (2018年10月31日) 2018年10月31日閲覧。
参考文献編集
- 江川英文、山田鐐一、早田芳郎 『国籍法』(第3版)有斐閣〈法律学全集 59-2〉、1997年7月30日。ISBN 9784641007727。
- 木棚照一 『逐条 国籍法 ―課題の解明と条文の解説―』日本加除出版、2021年4月6日。ISBN 9784817847171。