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前田 長敦(まえだ ながとし、享保11年(1726年) - 安永5年3月11日1776年4月28日))は、江戸時代高家旗本前田長泰の長男。通称は元吉、靭負。官位は従四位下侍従・伊豆

元文4年(1739年)11月7日、将軍徳川吉宗御目見した。寛延3年(1750年)12月14日に高家見習に召し出され、同年12月18日に従五位下侍従・伊豆守に叙任する。後に従四位下に昇進する。宝暦元年(1751年)2月13日、高家職に就く。宝暦13年(1763年)10月3日、父長泰の死去により家督を相続する。安永元年(1772年)10月28日、高家肝煎となる。安永5年(1776年)3月11日死去、51歳。

正妻は富山藩前田利隆の娘。後妻は大聖寺藩前田利章の娘。長男長禧、三男氏長(高家旗本品川氏如の養子)ら7男あり。その他に養女も1人いる。

先代:
前田長泰
高家前田家(高辻家流)
第2代当主
1763年 - 1776年
次代:
前田長禧